「合理的配慮」とは、何でしょうか。一昔前までは、あまり耳にしなかった言葉かもしれません。
「合理的配慮」とは、大まかには、障害者の社会参加のためのものであるといえます。合理的配慮は国際条約や法律でも規定されており、合理的配慮の適用範囲には吃音者も入ります。
吃音は個人差が大きく、年齢や種類により症状が異なるため、合理的配慮もそれぞれのライフステージに合わせて考える必要があります。
本コラムは「吃音の合理的配慮-4つのライフステージに合わせた配慮の求め方-」について、「合理的配慮とは」「合理的配慮と吃音者」「4つのライフステージに合わせた合理的配慮」の流れでご紹介していきます。
(言語聴覚士 鶴見あやか)
合理的配慮とは
「合理的配慮」は、条約や法律で詳細は様々ですが、概ね、「障害者の社会参加のために必要な調整や変更を行う配慮のこと」をいいます。
日本における合理的配慮に関係する条約や法律の代表的なものは「障害者の権利に関する条約」と「障害者差別解消法」の2つです。「障害者の権利に関する条約」「障害者差別解消法」ともに、吃音者も適用範囲となります。
これらにおいて、どのように合理的配慮が規定されているかご紹介していきます。
「障害者の権利に関する条約」
「障害者の権利に関する条約」は2008年に締結された国際条約で、日本も参加しています。2014年に批准され、同年日本でも効力を発生しました。
「障害者の権利に関する条約」において合理的配慮は、「障害者がその他の人と平等な権利や自由を確保ために必要なもの」とされています。
また、合理的配慮の否定は、障害者差別にあたるとされています。※参照
「障害者差別解消法」
「障害者差別解消法」とは、2008年に締結された国際条約「障害者の権利に関する条約」の流れを汲んで、2013年に制定されたものです。
2024年に改正法が施行予定です。改正法では、努力義務にとどまっていた「合理的配慮の提供」が、民間事業者にも義務化されることとなります。
「障害者差別解消法」において合理的配慮は、「共生社会」=「互いに認め合いながら共に生きる社会」を目指すために、必要なものとされています。※参照
「障害者の権利に関する条約」「障害者差別解消法」ともに、日本における「合理的配慮」の社会的認知の広がりにも影響しています。
合理的配慮と吃音者
この項目では、合理的配慮と吃音者の関係についてお話ししていきます。
吃音者が合理的配慮を必要とするのは、どのような場面でしょうか。それは、吃音者が「社会参加」において、困難を抱えやすい場面であるといえます。
吃音者が、社会参加において困難を抱えやすい場面として、「電話での会話」、「多人数との会話」、「プレゼンテーション」、「朝礼への参加」が多いという研究結果があります。
これらが困難を抱えやすい場面としてあがるのは、吃音の悪化要因にストレスや焦りがあることも影響していると考えられます。
吃音は、発話がスムーズにいかないという特徴があるため、相手の表情が見えない電話や大人数への発話は、ストレスや焦りが生じやすいものとなります。
なお、ストレスや焦りは吃音の悪化要因ではありますが、吃音の発症原因とは限りません。吃音の悪化要因と発症要因は異なるものです。
吃音者が困難を抱えやすい場面に、大きく影響するのは、「悪化要因」であると考えられています。「獲得性心因性吃音」の発症原因に、ストレスやトラウマがありますが、これは非常に稀だといわれています。
「悪化要因」 | 代表的なストレス、焦り、緊張、不安、疲労、発話時間の制限や内容の競い合い、難易度の高い言葉の頻用など |
「発症原因」 ※吃音の種類により異なる | 代表的な発達性吃音:特定遺伝子や神経発達の問題など 獲得性神経原性吃音:神経学的な疾患や脳損傷など 獲得性心因性吃音:ストレスやトラウマなど |
また、吃音の悪化要因にも発症原因にもならないものを、認識することも大切です。
幼少期の親との関わり方や知能レベル、生来の性格、言語の種類などは、吃音の悪化要因とも発症要因ともほとんど関係がないといわれています。
なお、吃音は個人差が大きいものであり、人によりライフスタイルも異なります。吃音者それぞれで、必要な合理的配慮も異なるといえます。
吃音の悪化要因は、吃音者の困難を抱えやすい場面に影響しやすいといえますが、その程度は吃音者それぞれであることは留意すると良いでしょう。
4つのライフステージに合わせた合理的配慮
吃音は個人差が大きく、成長とともに症状が変化する傾向にあるものです。合理的配慮をお願いする時に、押さえておくと良いポイントは年齢で異なるといえます。
ここでは、ライフステージを「幼児期」「児童期」「青年期」「成人期」に分けて、その特徴のご説明、および、それぞれに合わせた合理的配慮の「認識してもらうと良い点」「配慮を求めると良い点」をご紹介していきます。
吃音の症状については、詳しくは『吃音症の症状』のコラムをご参照ください。
<幼児期>
幼児期の特徴
幼児期は、1 歳頃~小学校入学前の期間であることが一般的です。乳児期に比べて、身体的な成長を伴うことが多く、第一次成長期にあたります。
また、個人差はありますが、2歳~3歳頃は、いわゆるイヤイヤ期とよばれる第一次反抗期でもあります。保育園や幼稚園などに入園している割合も多いです。
合理的配慮をお願いする先は、保育園や幼稚園であることが多いといえるでしょう。
幼稚園・保育園に認識してもらうと良い点
幼児期の吃音の症状は、一般的に連発と伸発が多いといわれています。吃音を最も発症しやすいのがこの幼児期となり、2~4歳の間に人口の約5%が発症、吃音児の約74%は就学に向けて自然治癒する傾向があるといわれています。
吃音は個人差が大きいものであるため、一般的な幼児期の傾向に加えて、親から見たお子さんの吃音の傾向も伝えると良いでしょう。
また、吃音者に接する際のポイント、「話し方のアドバイスはしない」「話すのに時間がかかっても待つ(ヒントを出すのはOK)」なども伝えると良いでしょう。
発表会などのセリフについては、お子さん本人の希望を重視していただくことにより、参加しやすくなると考えられます。
幼稚園・保育園に配慮を求めると良い点
もし、他のお子さんからの吃音の真似や指摘、笑いがあった場合は、先生に止めてもらいましょう。
他のお子さんが吃音の症状について疑問を持った場合は、その話し方はわざとではなく、自然な話し方であり、コントロールできないものであることを伝えてもらうと良いでしょう。
また、お子さんのストレスを考えて、クラス周知はせず、他のお子さんには先生から個別対応していただく方が良いでしょう。
<児童期>
児童期の特徴
児童期は、小学校入学~卒業までの期間であることが一般的です。合理的配慮をお願いする先は、小学校であることが多いでしょう。
また、個人差がありますが、児童期後半から思春期に入り始めるお子さんもいます。その際、今までとは異なる問題や人間関係の悩みが出てくるかもしれません。
それらを考慮した上で、お子さんと話し合いをすると良いでしょう。
詳しくは、以下のコラムをご参照ください。
小学校に認識してもらうと良い点
児童期の吃音の症状は、幼児期の連発や伸発より、難発が多くなることが多いとされています。また、高学年では、工夫や回避などのその他の症状が出始める時期とも考えられています。これら児童期の一般的な傾向に加えて、親から見たお子さんの傾向についても伝えると良いでしょう。
幼児期同様に、吃音者に接する際のポイント、「話し方のアドバイスはしない」「話すのに時間がかかっても待つ(ヒントを出すのはOK)」なども伝えると良いでしょう。特に、話し方のアドバイスについては、意図せずとも、吃音を持つお子さんの心理的負担となる可能性があります。
幼児期と異なり、児童期は小学校で点呼や発言、発表の機会が出てくることが多いです。これらで困難を抱える可能性があることも、伝えておきましょう。また、日本語だから出るわけではなく、どの言語でも出る可能性があり、例えば英語の授業の音読なども吃音の症状が出る対象であることも伝えると良いでしょう。
小学校に配慮を求めると良い点
幼児期同様に、もし、他のお子さんからの吃音の真似や指摘、笑いがあった場合は、先生に止めてもらいましょう。また、お子さんのストレスを考えて、お子さん本人と保護者様の希望がない限り、クラス周知はせず、他のお子さんには先生から個別対応していただく方が良いでしょう。
歌や劇のセリフなどでは、吃音の症状は出にくいと言われていますが、お子さん本人の希望を重視しながら、苦手なところを先生に手伝ってもらうことも良いでしょう。
また、発表や九九の暗唱は、吃音の悪化要因になり得ることから、時間制限を設けない工夫もしていただくと良いでしょう。
<青年期>
青年期の特徴
青年期は、中学入学~成人するまでの期間であることが一般的です。合理的配慮をお願いする先は、学校機関であることが多いでしょう。
また、青年期は思春期の最中であることが多く、他のライフステージとは異なる問題や人間関係の悩みが生じているかもしれません。思春期は第二次成長期にあたり、身体的な変化や精神的な大きな成長が伴うといわれています。個人差はありますが、第二次反抗期の最中であることも考えられます。
それらを考慮した上で、お子さんと話し合いをすると良いでしょう。
詳しくは、以下のコラムをご参照ください。
学校に認識してもらうと良い点
青年期の症状は、中核症状が後ろ手に回り、工夫や回避などのその他の症状が目立つ傾向にあります。この青年期の一般的な傾向に加えて、吃音者ご本人の認識する症状も伝えると良いでしょう。
幼児期や児童期同様に、話し方のアドバイスはしない、話すのに時間がかかっても待ってもらう、クラス周知は希望がなければしないなどのポイントも伝えることが勧められます。
児童期同様に、点呼や発言、発表の機会があり、それらで困難を抱える可能性があることも伝えておくと良いでしょう。また、日本語だから出るわけではなく、どの言語でも吃音の症状は出る可能性があることを伝えておくと、外国語の授業でも対応してもらいやすいかもしれません。
学校に配慮を求めると良い点
吃音の悪化要因となる恐れがあるため、発表は時間制限を設けない、入学試験や就職試験の面接は事前練習をしてもらう、面接の先方へ吃音があることを伝えるための書面作成の協力をお願いする、などの配慮を求めると良いでしょう。
また、吃音者ご本人の配慮してほしいと思う点も伝えると良いでしょう。
<成人期>
成人期の特徴
成人期は、文字通り、成人後の時期となります。学校機関に通っていたり社会に出ていたり、子育て中やリタイア後など、人によりライフスタイルが様々であると考えられます。
ここでは、合理的配慮をお願いする先として、職場を例にあげさせていただきます。
職場に認識してもらうと良い点
吃音者ご本人の認識する症状を伝えると良いでしょう。吃音は個人差が大きく、種類により症状も異なります。
大人も子ども同様に、発達性吃音が最も多いことは変わりませんが、獲得性神経原生吃音の割合が若干増えてきます。
吃音者が困難を抱えやすいと考えられる場面として、自己紹介や電話、ミーティング、プレゼンテーションなどがあげられます。
職場により業務内容は様々であるため、まずは、吃音者ご本人が困難になりやすいと思う場面を伝えると良いでしょう。
職場に配慮を求めると良い点
例えば、電話の代わりにメールやSlackなどのアプリを活用する、プレゼンテーションは事前に資料を配布する、などの配慮が考えられます。
吃音は個人差が大きく、職場により業務内容は様々です。まずは、吃音者ご本人が配慮してほしいと思う点を伝えることが良いでしょう。
なお、合理的配慮の提供は法律で規定されていますが、学校や職場での認識が不十分な場合もあります。口頭だけでなく、書面も合わせると相手に伝わりやすいと考えられます。
また、学校や職場に関わらず、塾や習い事などでも伝えるポイントは同様であるといえます。『エビデンスに基づいた吃音支援』(菊池良和)のpp.136-141や『吃音の合理的配慮』の巻末資料(菊池良和) に、参考となる様式がありますのでご参照ください。
まとめ
「合理的配慮」は、同じ社会で生きる吃音者とその他の人、みんなのためのものであるといえます。
また、互いを認め合うことで、「共生社会」を目指すことができると考えられます。
認め合うには、まず、互いのことを知ること、吃音の社会的認識を広めて行くことが大切ともいえます。
参考文献
- 菊池良和 『吃音の合理的配慮』 学苑社
- 菊池良和 『エビデンスに基づいた吃音支援』 学苑社
- National Institute on Deafness and other communication disorders
https://www.nidcd.nih.gov/ - Australia Stuttering Research Centre
https://www.uts.edu.au/asrc - 内閣府 リーフレット「合理的配慮」を知っていますか?
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/pdf/gouriteki_hairyo/print.pdf - 内閣府 障害を理由とする差別の解消の推進
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html - 外務省 障害者の権利に関する条約
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html - J-STAGE An Investigation of Work Life and Reasonable Accommodation among Adults Who Stutter
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjlp/58/3/58_205/_article/-char/en