学校生活で「緊張する場面」といえば何を思い浮かべますか?発表会や運動会などのイベントは、多くの人に見られているという意識が働き、ドキドキしてしまいます。
日常生活でも、指名されて音読したり、教室の前に出て代表で問題を解いたりと、緊張を伴う場面が多いように思います。
日直もその中の一つで、人によっては緊張したり、不安を感じたりしながら日直の仕事を行っていた方もいらっしゃるのではないでしょうか。これらの不安とは別に、「話しことば」に困難を抱えて日直の仕事にあたっている人もいるのです。
今回は、「吃音と日直」というテーマで、日直のどのような場面が困難なのか、日直の仕事を無理なく行うためにはどうしたらよいのかを解説いたします。
吃音があると日直が困難な3つの理由
学校では、学級ごとに1名または2名程度で1日の当番を担う「日直」という仕事があります。
日直には様々な仕事があります。黒板を消したり、プリントを配ったりする学級のサポートのような仕事に加えて、ホームルームの進行や健康観察などクラスメートの前でことばを発する仕事などもあります。
吃音の特徴を踏まえると、後者が難しいということが想像できます。では、具体的に吃音者は、日直の仕事の中で【何が】【どうして】難しいのでしょうか。
号令が難しい
学校によって方法は異なりますが、始業と終業の際の号令も日直の仕事であることが多いです。
号令の際、吃音があることで「起立」の“キ”がなかなか言えなかったり、「これから」「これで」などの決まったフレーズを言ったりすることが難しいです。
吃音の症状は人によって異なり、言いづらい音は人それぞれです。「カ行が言いづらい」「母音(あいうえお)を言おうとすると吃る」のように、言いづらい音に直面した時が苦しいのです。
言い換えの利かないことばが難しい
吃音との付き合いが長くなるにつれて、言いたいフレーズのどの部分で吃るのか予測できるようになったり、苦手な音が固定化されていったりします。吃りを他者に気付かれないようにする工夫の一つとして、「ことばの言い換え」があります。
「いぬ」が言いづらい…「わんちゃん」に言い換える 「コップ」が言いづらい…「グラス」や「カップ」と言い換える 「くつ」が言いづらい…「シューズ」や「スニーカー」などと言い換える |
このように、会話をスムーズに運ぶための工夫を凝らしている吃音者は少なくありません。
反対に、日直の仕事の中では、言い換えの利かないことばを発する機会は多々あります。「おはようございます」「さようなら」「よろしくお願いします」のようなあいさつや、健康観察やホームルームの進行などでクラスメートの名前を呼ぶことなどは、その代表です。
そのほかにも、「先生」ということばも言い換えが利きません。言い換えが利かないことばの多さが、日直の仕事を困難にしている要因の1つとも言えるでしょう。
ホームルームの進行がスムーズにいかない
ホームルームは、小学校だと朝の会・帰りの会と呼ばれることもあります。
一日の学級活動の見通しを立てたり、一日を振り返ったりと、短時間であるものの日常的に行われており、その進行を担うのも日直の仕事の一つであることが多いでしょう。
学校によっては、その日の目標を読み上げたり、流れに沿って進行を行ったりと、音読に近いような要素があります。
言うべきことはしっかりとわかっているのにも関わらず、吃音があるがために、最初のことばが出て来なかったり、音を繰り返したりしてしまうため、スムーズな進行が難しいことがあるのです。
吃音があると、日直の仕事の中で苦手な音を含むことばや言い換えが利かないセリフを言うことが難しい。特に、あいさつや人の名前が難しい。“苦手な音”や“言いづらいフレーズ”に関しては、吃音者の努力で解消できるわけではないことも、知っておきたいポイント。
吃音があると日直が困難な根本原因とは?
「私は人前で話すのが得意だから司会進行が好きだ」「人前に出るのは苦手だから、黒板けしやプリント配りなどの仕事が好きだ」というように、日直の仕事にも得手不得手があるのがわかります。
吃音があることで、その得手不得手に加えて“努力で解消することができない困難さ”も不随します。では、なぜそのような困難さが生じるのでしょうか。
吃音は自由自在にコントロールできない
日直の仕事の中で、号令やあいさつ、司会進行などのことばを発する場面で困難さがあることは前述しました。
「吃るのがわかっているのなら、事前にコントロールしてみてはどうか」「吃りそうなときに、深呼吸してみてはどうか」などと、話す場面において吃音と上手く付き合えないのかと疑問が生じるかもしれません。
結論から申しますと、吃音は自由自在にコントロールすることができません。
「おおおおはよう」と繰り返す話し方を抑えることで、「・・・・ぉはよう」と体に負荷がかかる難発に進展してしまうことがあります。言いたいことがわかっているのに、ことばの一言目が出てこないだけでなく、その間に息を吐き出すこともままならないのです。
普段何気なく行っている、話すことや息をするということが、不意にスイッチをオフにされたかのようにできなくなってしまいます。
このスイッチが、いつオンに戻るのかを予測することも難しいのです。
吃音についての理解が得られにくい
足に包帯を巻いていたら、「走らない方がよさそうだな」と何となく気付き、眼鏡をしていれば「前の席の方が見やすいかな」と理解を得られやすいでしょう。
しかし、吃音は表面から見てもわかりません。「おおおおはよう」と音を繰り返せば「緊張しているのかな」と捉えられたり、「これから・・・・ぁ・・・・」と不自然な間(ま)があけば「字が読めなかったのかな」「話すことがまとまっていないのかな」などと誤解を受けたりすることもあるでしょう。
また、吃音の症状が十人十色であるように、吃音についての悩みも人それぞれです。
症状が深刻であれば、本人が深く悩んでいるとも限らず、吃音が現れる頻度が低ければ本人の悩みが小さいとも限りません。吃音について理解するだけでなく、吃音について吃音者と話すことができる環境作りを行うことも大切といえます。
「吃音=努力不足」ではない。吃ることを予測はできてもコントロールはできないという特徴がある。吃音は表面から捉えづらいため、誤解を受けやすい。吃音者は吃音について発信すること、非吃音者は吃音を理解することが大切。
日直の仕事を無理なく行うためには?
日直は、クラス全員が平等に行う仕事です。学級によっては席順や輪番で仕事を担います。
クラスの人数によっては、かなり高い頻度で日直が回ってくることもあるかもしれません。
日直の仕事を無理なく行うためには、吃音を隠さずに済む環境作りを行っていくことが大切です。
吃音とともに日直を行うための3つの軸
吃音と一緒に、日直の仕事を無理なく行うためには、“ちょっとした工夫”が求められます。しかし、それは吃音を隠す工夫やことばを引き出す工夫ではなく、「吃音者が吃音を隠さずに済む工夫」なのです。
言語聴覚士をはじめとする、吃音児や成人の吃音者と関わる者は、吃音があることで生じる問題の大きさを、下図のように「体積」として捉えることがあります。
- X軸…吃音の程度(連発や伸発、難発の多さ)
- Y軸…聞き手の反応(吃った時の相手の反応の大きさ)
- Z軸…話し手(本人)の心理的反応(話す前の不安や吃った後の落ち込み)
それぞれの問題が大きくなると箱は大きくなります。それぞれの悩みの度合いによっては、箱は縦長になったり、横長になったり、奥行きのない薄い箱になったりします。
この考え方は、吃音に対する指導で用いられますが、コミュニケーションの場面や、日直の仕事にも当てはめて考えることができます。上図のような大きな箱を小さな箱にし、無理なく日直の仕事を行うために、学級で吃音者や非吃音者ができることを考えてみましょう。
吃音と付き合っていくためには、箱を小さくすることが大切。吃音者が吃音を隠さなくても良いように環境を整えること、本人の悩みを小さくすること、症状に対するアプローチを行っていくことが求められる。学級でできることは、環境を整えること。
吃音の程度への対応
吃音の程度(X軸)へのアプローチに関しては、学級で行うことは難しい領域です。言語聴覚士や通級指導教室などで、相談してみましょう。
学級でできることとすれば、話す場面を一人で担うのではなく、二人以上で声をそろえて話す(斉唱)方法を取り入れることです。
また、吃音者の話を遮らずに最後まで聞くこと、言い直しを求めないことも、吃音症状へのアプローチとは異なりますが、大切な関り方の一つです。
吃音の症状へのアプローチは、ライフステージや悩みの大きさによって方法・ターゲットとする領域が異なるため、言語聴覚士や通級指導教室にて指導を行うことが望ましい。二人以上で声をそろえてことばを発する際には、吃音の症状は現れない。吃音者本人が望むのであれば、話す場面を二人以上で行うよう設定するのも一つの方法。
聞き手の反応について
吃音の症状が現れた際の聞き手の反応(Y軸)を調整することで、日直の仕事を行う際に、箱の縦(Y軸の部分)が小さくなるように支援します。その際、吃音者が保護者や学級担任、クラスメートに対して吃音を正しく伝えたり、気軽に援助を求めたりできる環境を作ることが大切になってきます。
●学級担任との情報共有
まず、学級担任へ吃音の正しい情報を伝えましょう。吃音の症状について、自分自身で吃ることをコントロールできないこと、吃音者が困りやすい場面、真似やからかいなどを受けるリスクが高いことなども併せて伝えると良いでしょう。学級で困った時に学級担任へ気軽に援助を求めることができるよう、二人だけがわかるサインを決めておくのも良いでしょう。
●クラスメートとの情報共有
クラスメートには、保護者や学級担任の力を借りて、吃音の症状やわざと吃っているのではないことや、真似やからかいをしないでほしいと伝えてもらいます。新学期を迎えたタイミングや吃音者が困る場面が想定される行事の前に行うのが良いでしょう。高学年になるにつれて、自分のことばで説明が可能であれば、吃音者自身が説明を行っても良いでしょう。
Y軸を調整することで、吃音者が吃音を隠さずに本人にとって自然な話し方でいられる環境を作ることにつながる。まずは学級担任へ、次にクラスメートに吃音を正しく知ってもらうことが大切。その際に、周りからの心配度が高い“連発”は、本人にとって自然な話し方であることを知ってもらうのもポイント。
話し手の心理的反応について
話し手(本人)の心理的反応(Z軸)を調整することで、日直の仕事を行う際に、箱の奥行(Z軸の部分)が小さくなるように支援します。
気持ちに関しては、吃音者本人がそれまで様々な経験をして積み重ねてきたものです。学級で気持ちに直接アプローチするということは難しいでしょう。
しかし、ことばを発する際の環境を整えるほか、「吃音はその子にとって自然なもの」という共通理解を図っていくことが大切なのです。
●吃音をタブーにしない
以前は、「吃音を意識させると吃音が進展する」と唱えられていたこともありました。しかし、現在はそれが事実ではないことがわかっています。その反対に、幼少期から吃音を正しく知り、「このままでいいんだ」「吃ることは悪いことじゃないんだ」という意識を持つことが大切です。
話し方のアドバイスをしないこと、言い直しをさせないことは、吃音者と関わる上で大切なことですが、これは吃音を意識させないということではありません。吃音に対して生じた疑問にも、隠さずわかりやすい表現で伝えていきましょう。
●吃音の症状が現れた時にしてほしいことを共有する
吃音をオープンにしたうえで、吃音の症状が現れた際にどうしてほしいのかをクラスメートに伝えられると良いでしょう。話の先取りをしないで最後まで耳を傾けることも大切です。しかし、吃音がつらい時、あまりにも次のことばが出て来ない時の吃音者の思いはどうでしょうか。「最後まで自分で話したい」「今日はつらいからもう続きを言ってほしい」など、「○○したときには△△してほしい」のように希望を伝えていきましょう。さらに、ことばが出てこない時にはどうしてほしいのかを、クラスメートから聞いてくれる雰囲気になると、なおいいでしょう。
Z軸の調整には、吃音に対する気持ちが大きく関わってくる。「吃ることは悪いことではない」「吃ることが自分にとって自然なんだ」という気持ちは、まず環境を整えることが大切。
3つの軸へのアプローチで箱はどう変わる?
吃音とともに日直の仕事を行うためには、3つの軸へアプローチし、箱を小さくすることが大切です。ただ、吃音に対する悩みの大きさは人それぞれです。
吃る頻度が高い方でも、「別に気にしない」という方もいれば、「話すこと自体が嫌だ」と思われる方もいます。
吃音者が抱える心配ごとに対して、具体的にどのようにアプローチすればよいのかをご紹介いたします。
吃音に対する困りごとの箱
吃音に対する困りごとは人それぞれ異なります。困りごとを、XYZ軸に当てはめて箱にしてみることで、自分自身が何で、どれくらい困っているのかが視覚化することができます。
以下の例をテーマに、悩みに対する箱の大きさやアプローチ後の箱の変化を確認していきます。
- X軸…吃るのは日直の仕事の時や1教科で1回程度。でも、その1回で落ち込む。
- Y軸…「話し方が変だ」と思われている気がする。笑われた経験もある。
- Z軸…「吃るかも」と思うと、吃らないことばを探してしまう。日直は、言い換えられないことばが多くて、あたふたしてしまう。吃ると落ち込む。
_→症状の頻度は多くないが、悩みが深いために箱が大きくなっている。
吃音の程度への対応の例
吃音の程度(X軸)へのアプローチに関しては、学級で行うことは難しい領域であることを前述しました。学級での日直の仕事に変化をもたらすことで、X軸の減少が期待できます。
以下のような工夫があげられます。
- 号令やあいさつを2人で声を揃えて言う方法で統一する。
- 健康観察や反省は、児童生徒同士で行う方法を取り入れる。
- 話すこと以外の役割(水やりや黒板消しなど)の充実 など。
聞き手の反応への対応の例
聞き手の反応(Y軸)へのアプローチについては、吃音に対する正しい情報を共有することで、減少が期待できます。吃音のある方と吃音のない方の両者が、吃音を正しく理解していれば、「話し方をおかしいと思われる」という考えも次第に減っていくことが考えられます。そのためには、以下のような工夫があげられます。
- 吃音について学級担任から伝えてもらう。
- パンフレットやリーフレットを活用する。
- 話す内容に注目してほしいことを共有する。
- 真似やからかいに対して指導する。
話し手(本人)の心理的反応への対応の例
話し手(本人)の心理的反応(Z軸)へのアプローチにおいては、吃音をどの程度受け入れているのかにもよりますが、話す環境を整えたうえで、吃ることが自然な話し方であると思える対応を行っていくことが大切です。そのためには、以下のような工夫があげられます。
- 吃音について学級担任から伝えてもらう。
- 吃音をタブーにせず、話した内容に対するフィードバックを行う。
- 話し終えるまでの制限時間をなくす。
- 相手からの語りかけをゆっくりにしてもらう。
このように、XYZ軸へのアプローチを行うことで、箱の大きさも変化していきます。
- X軸…吃るのは日直の仕事の時や1教科で1回程度。吃る頻度は変わらないが、周りの友だちが分かってくれているような気がして、落ち込みは少なくなった。吃音がつらい時はその他の仕事を積極的に行う。
- Y軸…「この話し方が自然」とわかってくれている気がする。からかいもない。
- Z軸…吃りそうな時にあたふたするのは変わらないが、周りが吃音を知ってくれているのが大きい。
_→症状の頻度は変わらないが、話すことに対する悩みが減ったことで箱が小さくなる。
まとめ
今回は、「吃音と日直」というテーマで、なぜ吃音があると日直が難しいのか、学級の中でできることを解説してきました。
日直に限らず、発表や音読など困難な場面は多数あると思います。
ただ、一つ言えることは「吃ることは吃音者にとっては自然な話し方」ということです。
吃音者と日直の付き合い方を考えることも大切ですが、自然な話し方を隠さずに、誰しもが困難なことを一つずつクリアしていくことができる学級を作ることが、児童生徒の心地よい居場所作りにもつながります。
一人で吃音を抱え込むのではなく、周囲の人々と吃音を共有し、自然体でいられる環境を作っていきましょう。