吃音症とは


吃音症(きつおんしょう)とは、ことばを滑らかに話すことが難しい状態を指しますが、日本語特有のものではなく、他の言語でも起こり得ることです。

ほとんどの主要言語で、吃音症を指す言葉があります。例えば、英語では「Stuttering」、中国では「口吃」、フランス語では「Bégaiement」と言います。

この「吃音症」ですが、日本語では「吃音」とも呼ばれることもあります。英語でも、二通りの呼び方があり、「Stuttering 」または「Stammering」と呼ばれます。

本コラム「吃音症とは」では、「吃音症とは何か」「吃音症の診断基準」「吃音症の国際記念日」「吃音症のメディア」「吃音症の歴史、世界の吃音事情」の流れでご紹介していきます。

(言語聴覚士 鶴見あやか)

目次

吃音症とは何か

前述で、日本語では「吃音症」、中国では「口吃」と呼ぶと言いましたがが、日本語にも中国にも「吃」という文字が使われています。

「吃」という文字ですが、この字自体に「言葉がつかえる」という意味があります。また、英語では「Stuttering」とも呼びますが、これは中世英語の「Stutte」=「Stop」由来です。

これらのことから、吃音症は多くの地域で、言葉がつまるような症状、というイメージを持たれてきたと考えられています。

実際に吃音症とはどのようなものなのでしょうか。この項目では、その症状についてご説明していきます。

症状

吃音症の症状には「中核症状」と「その他の症状」があります。

「中核症状」とは、吃音症の土台の症状のことを指し、「その他の症状」は「中核症状」に付随したものと言えます。どの症状が多く出るかは、吃音症の種類や年齢によっても傾向が異なり、個人差の大きいものとなります。

吃音の症状には「中核症状」と「その他の症状」があります。「中核症状」とは、吃音の土台の症状のことです。「その他の症状」は「中核症状」に付随したものと言えます。

なお、これらの症状は、歌う時や劇のセリフを言う時、独り言ではあまり出ません。また、どの症状が多く出るかは、年齢によって異なり、また、次の項目でお話しする吃音の種類よっても違いが大きいものとなります。

中核症状は、連発、伸発、難発の3種類に分けられます。

連発:「り、り、りんご」「りんりんご」音が繰り返したり、語の一部分を繰り返したりする。

伸発:「り〜んご」音の一部が長音のように引き伸ばされる。

難発:「……りんご」音を発するのに阻止が起きる。

その他の症状は、中核症状よりも多岐に渡り10種類以上ありますが、以下が代表的なものです。詳しくは、「吃音症の症状」のコラムをご参照ください。

随伴症状:顔をしかめたり、体の一部を動かしたりする。発話内容とは関係のない動きをする。

工夫 :「赤い果物でもあるりんごですね」婉曲表現を先行させたり、意図しない語句を入れたりする。

回避 :「この赤いフルーツは何でしょう?」→「(回答)青森県の名産品ですね」答えそのものではなく、その特徴を答えたりジェスチャーに置き換えたりする。また、発話場面そのものを避ける。

情緒性反応:赤面や目をそらすなど、不安が表情・態度に現れる。発話内容とは関係のない情緒が現れる。

また、吃音の症状は、年齢とともに変化していくと言われています。

幼児期・児童期:連発が多い
青年期・成人期: 難発が多くなり、工夫や回避をするようになる

前述で「吃音症」は多くの地域で、言葉がつまるような症状、というイメージを持たれてきたことを述べましたが、これらは青年期~成人期に多い難発に近いものとなります。

また、青年期・成人期では、「中核症状」が工夫や回避により症状として表面に表れなくなり、吃音症状のほとんどが「その他の症状」であることも少なくありません。

種類

吃音症には、「発達性吃音」「獲得性心因性吃音」「獲得性神経原性吃音」という3つの種類があります。

人口全体で吃音症者の割合は、大人では100人に1人程度・子どもでは20人に1人程度と言われていますが、種類は異なります。また、種類ごとで発症原因や特徴、症状にも様々な違いがあります。

吃音の種類発症原因<子ども>割合<大人>割合
発達性吃音明らかになっている部分はあるが、根本原因は不明ほとんど約70%
獲得性神経原性吃音神経学的な疾患や脳損傷稀である約30%
獲得性心因性吃音ストレスやトラウマ稀である約30%

発達性吃音

発達性吃音では、以下のような特徴があると言えます。

  • 子ども・大人ともに、吃音の種類の中での割合が最も多い。
  • 発症の年齢は多くが2~4歳。発症後、就学に向けて約74%が治癒するが、約26%は残存する。
  • 「発達性吃音」の根本原因は不明ではあるが、遺伝性の問題が指摘されている。
  • 幼児期~児童期の症状として連発が目立つ傾向があり、また、青年期~成人期では難発が増加し、工夫や回避が目立つ傾向があると言われている。

発達性吃音の原因究明においては、2010年以降、特定遺伝子の解析が進められてきました。現在4つの特定遺伝子「GNPTAB」、「GNPTG」、「NAGPA」、「AP4E1」が見つかっていますが、これらが突然変異したものが、吃音の遺伝に関わっていると考えられています。※参照

獲得性神経原性吃音・獲得性心因性吃音

獲得性神経原性吃音、獲得性心因性吃音ともに、遺伝性は関係がなく、後天性の吃音と言われています。それぞれ以下のような特徴があると言われています。

獲得性神経原性吃音

・神経学的な疾患や脳損傷などによる発症。
・症状として、中核症状や語の繰り返しが多く、随伴症状はあまりない傾向がある。

獲得性心因性吃音

・ストレスやトラウマなどによる発症
・中核症状がないわけではないが、随伴症状が目立つ。

性差

吃音症は有病率に性差があり、子ども全体の男女比が2:1、大人では男女比が4:1となっています。

幼児期ではあまり性差がないと言われています。このことから、男子の方が女子よりも、吃音症を残存しやすいと言えます。

合併しやすい疾患

吃音症には、種類別に合併しやすい疾患や障害があります。

「発達性吃音」と合併しやすい疾患・障害

  • 発達障害
    • 自閉症(ASD)
      • 社会性や共感力などの欠如から、コミュニケーションに難しさが生じる。
    • ADHD(注意欠如・多動症)
      • 注意欠陥・多動性・衝動性の全て、もしくは、いずれかを持つ。
    • 学習障害
      • 聞く・話す・読む・書く・計算する・推論する中で、特定のものに困難を持つ。
  • 社会不安症
    • 人と関わる際に強い不安や緊張が生じ、震えや冷や汗、赤面、動悸、口の渇き、吐き気などの身体症状が出る。
  • 構音障害
    • 発音の不明瞭さから、伝わりにくさが生じる。

「獲得性神経原性吃音」と合併しやすい疾患・障害

  • 構音障害
    • 発音の不明瞭さから、伝わりにくさが生じる。
  • 失語症
    • ブローカ失語
      • 「聞く」「読む」といった言葉の理解は比較的良好だが、「話す」「書く」といった言葉の表出においては発症以前より顕著に変化が生じる。
    • ウェルニッケ失語
      • 「聞く」「読む」といった言葉の理解に問題が生じ、「話す」「書く」量は比較的保たれるが、意味をなさない返答や無意味語の表出が生じる。

治療法

代表的な吃音症の治療法は以下の通りになります。

それぞれで適用される発達段階が異なる傾向にあります。治療法についての、詳細はLINE登録特典レポート「吃音の治療法」のコラムをご参照ください。

リッカムプログラム・・・幼児期に適用可能

滑らかに話せたら褒め、吃音が出た場合は中立的に指摘、また、子ども自身の評価を聞くことを行い、徐々に吃る頻度を減らしていきます。

環境調整法・・・幼児期~児童期に適用可能

環境=周囲が、子どもの心理面や今までの発言傾向を考慮して、子どもにとって発話しやすいやり取りに、周囲が合わせていく治療法になります。

直接法(発話訓練)・・・幼児期~成人期まで適用可能

発話速度や発声法を調整して行う流暢性形成法や、楽に吃ることを目標にする吃音緩和法があり、また、苦手な発話場面を想定して発話訓練を行います。

認知行動療法・・・児童期~成人期まで適用可能

認知行動療法は、認知と行動の両面から問題解決を図る心理療法です。「話すからどもる」と言った発話への思い込みや印象を、発話に積極的になれるような考え方へ修正するなど、心理面にアプローチします。

なお、合併症がある場合は、治療における優先度や対応が異なってきます。構音訓練については、吃音の発話練習と同時並行でも良いと言われていますが、発達障害や失語症については、吃音の発話練習よりも優先する傾向にあります。

発達障害には共感力や注意力の欠如があり、また、失語症については脳血管障害に起因することが多く、発話機能よりも優先度の高い問題が指摘されるためです。

 混同されやすい疾患

吃音症と混同されやすい疾患があります。

疾患名吃音との違い
トゥレット症候群吃音は話す内容を本人が分かっているが、トゥレット症候群の音声チック(無意味の発声、咳払いなど)は意識せず出る
早口言語症
(クラタリング)
早口言語症は発話速度の不規則性によるが、話している時、吃音に比べ自覚が乏しい

吃音症とは別のものであり治療法も異なりますので、まずは医療機関で診てもらうことをお勧めします。

吃音症の診断基準

吃音症の診断基準についてですが、日本の医療機関では、現在「ICD-10」と「DSM-5」が用いられています。「ICD-10」はWHO(世界保健機関)、「DSM-5」はアメリカ精神医学会が発行しています。「ICD-10」の後続としてWHOが2022年に「ICD-11」を発行していますが、2022年時点では日本はまだ未導入です。

それぞれで用いられる名称が異なり、「ICD-10」では「吃音症」、「DSM-5」では「発達性発話流暢症」、「DSM-5」では「小児期発症の流暢症」となっています。「吃音症」は「ICD-10」由来の呼び名と言えます。

診断基準 発効・出版元 分類 名称
「ICD-10」
初版:1994年
改訂:2016年
WHO
(世界保健機関)
精神及び行動の障害 小児<児童>期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害 吃音症
「ICD-11」
初版:2022年
WHO
(世界保健機関)
神経発達 発達性発話流暢症
「DSM-5」
初版:2013年
アメリカ精神医学会 神経発達 コミュニケーション障害 小児期発症の流暢症

    これらの分類からも分かるように、吃音症は神経発達の問題が指摘されており、言語の種類は吃音症の原因ではありません。

    そして、一昔前は気にしやすい性格だから吃音症になったと言う人もいましたが、生来の性格も吃音症の原因ではないと言えます。

    吃音症の国際的記念日

    世の中には様々な記念日があります。吃音症にも国際的な記念日があり、毎年10月22日が国際吃音症啓発の日とされています。

    世界に吃音者は7000万人います。国際吃音症啓発の日は、吃音症の一般認識を高めることを目標として、吃音症について学ぶ機会を世界中の団体がフォーラムやアクティビティを通して提供しています。

    吃音症とメディア

    吃音症が取り扱われているメディアはいろいろあります。

    ここでは、映画と小説の代表的なものをご紹介します。

    映画

    「英国王のスピーチ」:エリザベス2世の父で、吃音症を持つジョージ6世と言語療法士ライオネル・ローグの交流について描かれたものです。アカデミー賞を4部門受賞しています。

    「マイ・ビューティフル・スタッター」:吃音症の若者達の自助団体における交流と成長を描いたもので、ドキュメンタリー映画になります。

    小説

    「青い鳥」:作者は吃音症を持つ重松清です。吃音症を持つ国語教師が、生徒とのやりとりを通して成長していく物語です。

    「僕は上手にしゃべれない」:吃音症を持つ思春期の若者が主人公で、なかまちテラスティーンズ委員会賞を受賞しています。

    吃音症の歴史、世界の吃音症事情

    この項目では、「吃音症の歴史」と「世界の吃音症事情」についてご紹介します。

    吃音症の歴史

    世界の主要言語で「吃音症」を指す言葉がありますが、その歴史はどうでしょうか。

    紀元後6世紀では吃音症は舌が原因であるという一説があったそうですが、そんな昔にも吃音症の存在を人々が知っていたことが分かります。

    19世紀では吃音症は神経症、20 世紀では心因性の障害であると考えられていました。精神分析が吃音症治療に使用されていたものの効果がないことが証明され、1960年代には中止されました。

    さらに、その後の研究により、2010年には吃音症の特定遺伝子が発見されています。

    また、世界中で吃音症を持っていたと言われる偉人は数多くいます。

    世界の吃音症事情

    世界には7000万人の吃音症者がいますが、発症する割合(大人で100人に1人、子どもで20人に1人)も世界共通と言われています。しかし、吃音症の研究や社会的認知度については、国ごとで違いがあります。

    吃音症の研究は、特定遺伝子の分析ではアメリカ、治療法ではオーストラリアが中心となってきました。前述のアカデミー賞受賞映画「英国王のスピーチ」で登場する、実在した言語療法士ライオネル・ローグもオーストラリア人です。アメリカとオーストラリアの吃音症事情について、ご紹介します。

    アメリカ

    アメリカは吃音症の特定遺伝子の研究を含め、医療の様々な分野において先駆けていますが、吃音症が元で学校や職場で人間関係に悩みが生じるのは日本と同様です。治療法は言語療法、認知行動療法などが用いられています。

    オーストラリア

    オーストラリアは吃音症治療法の開発において先端を担っています。⑤の治療法であげたリッカムプログラムは、オーストラリアで開発されました。リッカムプログラムは子ども対象ですが、青年・成人対象にはキャンパーダウンプログラム(発話方法を調整して吃音を緩和する治療法)があります。学校や職場で吃音症の悩みが生じるのは、日本やアメリカと同様です。

    吃音症の割合は世界共通だと述べましたが、社会認知や研究開発の進み具合は異なっても、個人がかかえる悩みがあることは変わりません。国際吃音症啓発の日は、こうした悩みに関しても、世界中でフォーラムやアクティビティが積極的に提供されています。

    まとめ

    吃音症は、知れば知るほど身近で、また、様々な側面があると分かるものです。

    本コラムが吃音症の理解に、少しでもお役に立てれば幸いです。

    参考文献

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