学生生活において、発表を経験したことはありますか?「発表が得意だった!」「緊張して発表の日が近づくにつれて憂鬱になった…」など、好き嫌いや得手不得手が分かれるのではないかと思われます。
発表が嫌いな方の理由は様々ですが、その理由が「話し方を指摘されるから」であれば、どうでしょうか。指摘される話し方の1つに、吃音があげられます。
吃音を抱えている方の発表に対する思いは、吃音のない方には想像し難いものがあります。吃音のある方のその思いを受け取るためには、まず吃音を正しく理解することが大切です。
当コラムでは、「吃音と学校の発表」というテーマで、なぜ吃音があると学校の発表で困りやすいのかを解説するとともに、吃音のある方が発表と付き合うための4つのコツをご紹介いたします。
吃音があると学校の発表が困難な理由
当コラムで取り上げる「発表」とは、小学校から高校までの間に経験する、「学校で行なわれる発表」をさします。吃音があることで、なぜ学校の発表の場面で困りごとが生じるのでしょうか。まず、その4つの理由について解説いたします。
言い方やタイミングが決まっているため
学校の発表の場面では、「はい」と返事をしてから発言をする、決められたフレーズを述べるなど、言い方やタイミングが決まっていることがほとんどです。
吃音は、はじめの音を繰り返したり、ことばに詰まったりする発話の障害です。話しはじめのタイミングが速すぎたり遅すぎたりする「タイミングの障害」ともいわれています。
そのため、発話のタイミングが合わないために伝えたいことを上手く伝えられないことがあります。
また、人それぞれに「言いにくい音」を抱えていることが多く、「はい」の最初の音がスムーズに出てこなかったり、苦手な音から始まるフレーズが言いにくかったりするのです。
制限時間や流暢さが求められるため
吃音という話し方は、「スラスラ話すこと」に重きを置くことで、話し方に意識が向き、吃音の症状が助長されてしまいます。
また、「時間内に言い終わらなくては」という意識も同様です。
九九の発表やテストでは「30秒以内に〇の段を言い終わったら合格」、音読では「つかえずにスラスラと読めたらいい」などと、時間制限や流暢さを求められることが苦しいのです。
そのような、「発表をとりまく環境」が、吃音がある方の発表に対する困難さを高めているといえます。
発表場面における指摘やからかいがあるため
吃音の症状である「連発」は、一見目立つ症状ではあるものの、吃音のある方にとっては自然な話し方であり、体への負担が少ない状態でもあります。
しかし、その自然な話し方を出して発表を行なった際に、周囲の人々にとっての自然な話し方とは異なるために、指摘やからかいが生じることがあります。
「緊張しているの?」「もっと練習すればよかったね」などの指摘やからかいなどがきっかけで、「発表の場面では吃音の症状を出すまい」としてしまい、体に負担のかかる難発が出てしまうことで、発表の場面をより困難にしていることが考えられます。
過去に受けた指摘やからかいが影響を及ぼすため
発表の場面に関わらず、過去に吃音に対して受けた指摘やからかいにより、吃音の症状が悪化することで、発表の場面を困難にしていることも要因の一つであるといえます。
吃音のはじまりは、力みのない連発という症状です。しかし、指摘やからかいが生じることで、「自分の話し方は、おかしいんだ」「吃ってはいけない」などのように、吃音を隠す工夫が始まるのです。
それが「難発」です。連発が主症状だった際には、吃りながらも言いたいことを言えていた一方で、難発が主症状となることで、言いたいのにことばが出てこない状態へと変化します。
そうなることで、発表をしたくても、思い通りに表現することができなくなってしまうのです。
◆発表の場面で緊張すると吃る・・・ それって吃音?
過度に緊張したり、慌てていたり、興奮したりしている際に、ことばがスムーズに出てこないことは、誰にでも起こり得ます。
ただ、この症状が高頻度で繰り返し起こったり、場面に関わらずに出現したりすることがあれば、一時的な言い間違いや緊張による吃り(どもり)とは異なります。
また、吃音は自分自身の力でコントロールしたり、語によっては言い直してもスムーズに言えなかったりするという特徴があります。ただ、理解しておきたいのは、吃音の原因は緊張ではないということです。
吃音という発話の障害によって吃りが生じていることを理解しましょう。
発表の困難さとは
日本では12年間の義務教育を経て、高校から専門学校や大学、さらには大学院などでも学びます。
学校では、教科学習以外にも行事や部活動など様々な活動の場面があり、その中での発表のシーンも多様です。
では、学校の発表にはどのような場面があるのか、その中でどのような困難さが生じているのかを考えてみましょう。
学校での発表のシーン
学校での1日は、朝礼や授業、昼食、余暇活動、放課後活動などおおよそ決まったスケジュールに沿って活動します。
大学生ともなると、自分自身で授業や日中の過ごし方を組み立てることができるようになります。その中で、自分の意見を発表する機会も多々あるでしょう。
発表の場面は、不意に訪れることもあれば、テーマに沿って練習を積み重ね、クラス全体で作り上げるタイプのものもあり、学校生活では様々な発表のシーンがあります。以下が、学校生活における発表のシーンです。
ライフステージ | 学校の発表のシーン |
---|---|
小学校 | 授業での発表、九九、作文の発表、音読、号令、司会進行など |
中学校・高校 | 授業での発表、音読、弁論大会、号令、司会進行、部活動での声掛け、英検、面接など |
大学・専門学校 | 授業での発表、卒業論文発表、プレゼンテーション、英検、就職面接など |
吃っているから発表がつらい?
「吃っているから発表がつらいのか」と言われれば、一概にそうとは言えないと思います。
もしかしたら、「吃音のある話し方へ耳を傾けられてしまう環境がつらい」のかもしれません。
吃る話し方は、吃音のある方にとって自然な状態です。ですが、それを否定される環境に身を置くことに「つらさ」を感じている人がいます。
そのため、周囲の人々が吃音を正しく理解し、傾聴する姿勢が大切です。
吃っていないから発表には困っていない?
では、吃音のある方は、発表の場面で吃音の症状が現れないときには困っていないのでしょうか?答えは、「いいえ」です。吃音があることで抱えている困難さと症状はイコールではありません。
連発や伸発は目に見えてわかりやすい症状ですが、難発は、一見吃っていないように思われがちです。しかし、症状が生じている間呼吸が止まってしまうことがあるなど、体に負担がかかっているのです。
症状が出ていないのは、症状が出ないように工夫を凝らしているからかもしれません。
また、吃音には波があり、症状がひどい時期もあれば、安定している時期もあります。この波がやっかいな存在であり、本人にもコントロールすることができません。
吃音の症状と本人の困難さを同等に捉えるのではなく、吃音のある方本人と、その方の吃音についてを知ろうとする姿勢を示したり、理解しようと歩み寄ったりすることが大切なのです。
◆発表で大切なのはことばの表現力だけ?
学校における発表の場面は、授業中の発表や号令、九九、音読など多岐にわたります。ことばを発するだけでなく、場面にあった表情や視線、動きなどの非言語的な表現力も大切になってきます。
発表する側は、表情や視線に加え、声のトーン、アクセントを強調するなど、発表に工夫を凝らすこともまた大切です。
また、発表を評価する側は、流暢さだけではなく、内容を伝えようとする姿勢や非言語的な表現にも注目することが大切です
学校の発表と付き合うための4つのコツ
学校生活には、様々な発表の機会があります。吃音の有無に関わらず、発表の機会が訪れます。吃音のある方が、学校の発表と付き合うための4つのコツをご紹介いたします。
発表の前にやっておきたいこと
小学校に入学するタイミングで、様々な発表の機会が訪れます。発表を行なう前に、やっておきたいことがあります。
それは、吃音がどのような障害であるのか、どう接してほしいのかを学級担任や周囲の人々へ事前に伝えることです。
発表に対する苦手意識が形成される原因の一つに、吃音の話し方への真似やからかい、指摘などがあります。発表の場面と付き合うためには、それらの行為を発生させず、苦手意識を生まないことが大切です。
周囲の人々が吃音を正しく理解することで、学級担任からは発表に対する適切な配慮が得られ、クラスメートからの吃音への指摘やからかいを回避することができるでしょう。
また、学級担任との話し合いの場において、所属している学校ではどのような発表の場があるのか、教科学習で声を発する場とはどのような場面があるのかを確認し、発表の内容を十分に把握するようにしましょう。
◆吃音を周知するのに適切な時期は?
吃音について周囲に説明する際、「幼すぎて言ってもわからないのでは?」「周知することで余計指摘を受けるのでは?」といった疑問が生じます。
どの年齢から吃音について説明することが適切かを考えたとき、吃音に対する悩みが深くない頃の方が望ましいでしょう。
なぜなら、吃音との付き合いが長くなるにつれて「吃音という話し方の特性を周囲に知られたくない」「吃音を知られることが恥ずかしい」という思いが出てくる方もいらっしゃるからです。
吃音に対する悩みが深くない初期の段階から、吃音について説明し、わかってもらえる経験を積み重ねることが大切です。
その経験が、自分から吃音について説明する力をつけることにもつながります。
⓵配慮について相談する
発表を行う際に必要な配慮について、学級担任と事前に相談しましょう。
小学校低学年~中学年のお子さんであれば、本人と保護者、学級担任の3人で話し合い、配慮について決定するといいでしょう。
幼いお子さんは、まだ自分の困りごとや不安を上手く言語化できないため、家庭での様子を含めて、保護者が学級担任との懸け橋となることが望ましいです。
吃音の症状が一人ひとり異なるように、必要とされる配慮もお子さんによって異なります。必要な配慮は、話し合って決定することが望ましいです。
「吃音である」という情報だけが独り歩きしてしまうと、「話すことはいやだろう」「発表は避けた方が親切だろう」と、本人が希望していない配慮を行う可能性が考えられるからです。
どのような場面で、どんな配慮を、どれくらい行うのかを事前に相談しましょう。
⓶セリフは“言いやすい音”へ調整する
「はい」の“は”が言えない、「これから発表をはじめます」のように決まったフレーズが言えないなど、吃音のある方は、言いにくい音や単語が決まっていることがあります。
そのような特徴を持つ吃音に対して、「話しはじめの音を言いやすい音へ調整する」という方法があります。この方法は、“発表をイメージ通りに進めるための工夫”です。
学級担任と、配慮について話し合う際に、号令や司会進行、九九の発表など決められた内容を述べるときには、はじめの音や決められたことばを言いやすい音に置き換えたいということを伝えておきましょう。
特に、九九のテストでは「7×7=49(しちしちしじゅうく)」「9×1=9(くいちがく)」のように言い方が決まっています。決まった言い方ではなく、声に出す際は言い方を問わないでほしいと伝えることで、負担の少ない方法でテストを受けられます。
⓷複数人で発表を行なう
吃音は、歌や他者と声を揃えてことばを発する際には症状が現れないという特徴があります。
発表を行なう際は、2人または複数人で声を揃える発表の仕方を取り入れることも、吃音と付き合うための一つの方法です。
この方法についても、号令や音読、グループ発表、司会進行などの発表の際に、取り入れてほしい方法として、事前に伝えておくといいでしょう。
⓸困ったときに助けを求められる環境を作る
吃音について周囲と共有していたり、発表の場面における配慮について事前に相談していたりしても、発表の場面で困りごとが生じる場面があるかもしれません。
吃音には波があり、症状が安定しているときもあれば、そうではないときもあります。吃音の症状が重いときには、ことばを発することが困難になるかもしれません。
そのため、学級担任に伝えるサインを決めておいたり、友人に吃音がひどいときにしてほしいことなどを事前に伝えておいたりすることで、周囲の人々のサポートを受けられるでしょう。
また、学年が上がるにつれて、吃音を伝えておきたい人、サポートをしてほしい人の幅が広がっていきます。
小学校では、吃音のある話し方を耳にするのは主にクラスメートですが、中学校や高校へと進むにつれて部活動が始まり、先輩や後輩との関わりも増えてきます。
自分と関わる人へ吃音を共有することや、サポートしてほしい場面があることなどを、自分自身の力で伝えるスキルを身に付けることもまた大切です。
◆試験における吃音への合理的配慮
学校での発表の場面では、学級担任やクラスメート、先輩、後輩からの理解やサポートが得られます。しかし、英検のスピーキングテストや受験における面接では、周りからのサポートが得られません。
そのため、事前に面接の先方へ吃音があることを伝えるための「近況報告書」の作成を、学校の先生や言語聴覚士にお願いしたり、「医師の診断書(1年以内のもの)」を提出する方法をとったりすることで、吃音に対する配慮が得られます。英検に関しては、指定のフォーマットがあり、その内容をすべて記載したうえで申請を行う必要があります。
受験校においては、ホームページや学校に確認をしたうえで、事前準備を行うことが大切です。
(個人申込用受験上の配慮事項 https://www.eiken.or.jp/eiken/apply2/pdf/hairyo2024_1.pdf )
まとめ-発表の場面で大切なこと―
当コラムでは、吃音があるとなぜ学校の発表で困るのか、発表と付き合うためのコツについて解説いたしました。
最後に、「吃音と学校の発表」というテーマについてまとめてみましょう。吃音のある方と吃音のない方に、それぞれに知っておいてほしいポイントについて考えてみましょう。
吃音について伝える(吃音のある方)
学校で発表を行なう際には、学級担任やクラスメートに、吃音をよく理解してもらう必要があります。周囲の人々が吃音をよく知らないことで、本人が望まない指摘や指導、からかいを受けることが予想できるからです。吃音に対する指摘やからかいが生じる前に、また、それらによって吃音を意識したり恥ずかしいと思ったりする前に、周囲の人々へ吃音を理解してもらいましょう。
◆吃音について伝えたいこと
- 吃音という話し方について
連発・伸発・難発の3つの症状がある - 連発と難発の違いについて
連発は力みのない自然な話し方、難発は力が入った自然ではない話し方 - 指摘やからかいで症状が悪化する
連発の話し方を指摘されたり、からかわれたりすることで、難発へと症状が悪化してしまう - 吃音はコントロールできない
吃音の症状は、自分の意志とは無関係に現れるため、コントロールすることができない - 話の内容に注目してほしい
吃音が生じた際は、話し方ではなく話の内容に注目し、話し終わるまで待っていてほしい
吃音を理解する(吃音のない方)
受け持ちのお子さんや、クラスメートに吃音をお持ちの方がいた場合には、吃音について考えてみましょう。吃音を正しく理解することは、吃音のある方が自分の意見を、本人が望んだタイミングで、本人のことばで伝えることへの一助となります。
しかし、吃音に対して誤った認識を持っていることで、吃音は悪化し、会話や発表に対して苦手意識が根付き、場合によっては本人の意思もことばも失われてしまいます。吃音を理解し、話し終わるまで待つ姿勢や、話の内容に耳を傾けることを心がけましょう。
その他にも、「吃ってもいい環境作り(からかいや指摘が起こらない環境)」や「スラスラではなく、最後まで読めたことを評価する指導環境」という、話す環境を整えるというサポートもあります。
吃音に対するサポートの方法はいくつかありますが、環境設定は吃音のある方にとって最大のサポートといえます。
社会に出てからも、職種によっては人前で発表を行なう機会があるでしょう。しかし、学生の頃は、人前で自分の意見を発表したり、練習の成果を他者に披露したりする場面が多く、発表することを「嫌だな」「発表があるから学校に行きたくないな」と感じる方もいるかもしれません。
その点は、吃音のある方でも吃音のない方であっても同じ気持ちでしょう。
ただ、“発表が嫌だ”と感じる理由が、「吃ったことをからかわれるから」「吃音を指摘されて恥ずかしいから」といった理由である場合であればどうでしょうか。
気持ちを伝えたり、思ったことを発信したりするのは自由です。それを“吃音があるから”という理由で阻まれることはあってはならないと思いますが、いかがでしょうか。
吃音を打ち明けることは、決して容易ではありませんが、10人に吃音のことを伝えればそこから20人に伝わり、20人が吃音について知っていればそこから更に40人の人が吃音を知るきっかけになるかもしれません。
吃音について知っている人が増えるということは、それだけ自然に話すことができる場所が広がるということです。吃音のある方が自分らしくいられる環境を、吃音のある方と吃音のない方とが協力して作り上げていくことを願います。
参考文献
- 菊池良和 『エビデンスに基づいた吃音支援入門』 学苑社
- 菊池良和『吃音のリスクマネジメント』学苑社
- 菊池良和『吃音のことがよくわかる本』 講談社
- 菊池良和『ことばの教室の吃音指導』 学苑社
- 公益財団法人 日本英語検定協会>受験上の配慮について>個人申込用受験上の配慮事項
https://www.eiken.or.jp/eiken/apply2/pdf/hairyo2024_1.pdf(2024年3月7日閲覧)