吃音(きつおん)は、ことばを滑らかに発話することが難しい状態を指します。
症状には個人差があり、種類ごとの発症率や治療法についても様々な違いがあります。本コラムでは大人の吃音に焦点を当てていきます。
「吃音(大人)」について、「症状」「種類」「診断基準」「合併しやすい疾患」「治療法」「悪化要因」「関連する法律」の流れでご紹介します。
(言語聴覚士 鶴見あやか)
症状
まずは吃音の「症状」について、ご説明していきます。
吃音の症状には「中核症状」と「その他の症状」があります。「中核症状」とは、吃音の土台の症状のことです。「その他の症状」は「中核症状」に付随したものと言えます。
どの症状が多く出るかは、年齢によって異なり、また、次の項目でお話しする吃音の種類よっても違いの大きいものとなります。
中核症状 | 特徴 |
---|---|
連発 | 音や語の一部の繰り返し 例:「り、り、りんご」 |
伸発 | 引き伸ばし 例:「り〜んご」 |
難発 | 音や語が詰まって出ない 例:「……りんご」 |
代表的なその他の症状 | 特徴 |
---|---|
随伴症状 | 顔をしかめたり、体の一部を動かしたりする。 |
工夫 | 婉曲表現やジェスチャーへの代用、「えーと」など前置きを入れる。 |
回避 | 発話場面を避ける。 |
情緒性反応 | 赤面や恥ずかしがる、不安などが表情・態度に現れる。 |
吃音の症状は、年齢とともに変化していくと言われています。
青年期・成人期の方では、「中核症状」が工夫や回避により症状として表面に表れなくなり、吃音症状のほとんどが「その他の症状」であることも少なくありません。
- 幼児期
- 連発が多い
- 児童期
- 連発が多い
- 青年期〜成人期
- 難発が多くなり、工夫や回避をするようになる
種類
吃音の種類は、「発達性吃音」「獲得性心因性吃音」「獲得性神経原性吃音」の3つです。それぞれ原因や発症の割合が異なります。
吃音の種類 | 発症原因 | <子ども>割合 | <大人>割合 |
---|---|---|---|
発達性吃音 | 明らかになっている部分はあるが、根本原因は不明 | ほとんど | 約70% |
獲得性神経原性吃音 | 神経学的な疾患や脳損傷 | 稀である | 約30% |
獲得性心因性吃音 | ストレスやトラウマ | 稀である | 約30% |
発達性吃音
子ども・大人ともに「発達性吃音」が最も多いと言われています。
2~4歳の間に人口の5%が吃音を発症するのですが、そのほとんどが「発達性吃音」となります。
その「発達性吃音」は就学に向けて約74%が治癒しますが、約26%は残存します。中学生以降の吃音は、この残存した約26%によるところが大きいと言われています。
また、吃音には有病率に性差があります。幼児期ではあまり差はありませんが、成長と共に差が生じ、子ども全体の男女比が2:1、大人全体の男女比は4:1となっています。
発達性吃音の発症が約5%に上る幼児期ではあまり性差がないことから、男子の方が女子よりも吃音を残存しやすいということが言えます。
「発達性吃音」の根本原因は不明ですが、遺伝性や神経発達の問題が指摘されており、原因が明らかになっている部分はあります。
現在、吃音の原因の約7割は遺伝による可能性があると言われています。親または親戚に吃音者のいる人は、そうでない人に比べ吃音の発症率が上昇することが分かっています。
ここで注意が必要なのは、あくまで発症率の上昇であり、100%遺伝するわけではないということです。
獲得性神経原性吃音、獲得性心因性吃音
吃音には、「遺伝性」が大きく関わる「発達性吃音」の他に、「後天的」に生じる「獲得性神経原性吃音」「獲得性心因性吃音」があります。
「獲得性神経原性吃音」「獲得性心因性吃音」は、子どもでの発症は稀であり、大人でも、これら二つを合わせた割合は、全体の3割程度に留まると言われています。「獲得性心因性吃音」については、「獲得性神経原性吃音」と比べても更に稀なタイプであると言われています。
「獲得性神経原性吃音」「獲得性心因性吃音」は後天的に生じる点では同じですが、原因と症状には大きな違いがあると言われています。
後天性の吃音
- 獲得性神経原性吃音
- 症状:中核症状や語の繰り返しが多く、随伴症状はあまりない。失語症や構音障害の合併が目立つ。
- 原因:神経学的な疾患や脳損傷などによる発症
- 獲得性心因性吃音
- 症状:中核症状がないわけではないが、随伴症状が目立つ。心理的な問題によるところが大きい。
- 原因:ストレスやトラウマなどによる発症
頭部外傷後に事故のトラウマが生じたことで、「獲得性神経原性吃音」ではなく、「獲得性心因性吃音」になる場合もあると言われています。
また、子どもの頃に吃音があったものの治まり、大人になって再発した場合は、「獲得性」ではなく、「発達性」吃音に該当すると言われています。
吃音の原因ではないもの
これまでに「発達性吃音」の遺伝性、「獲得性神経原性吃音」「獲得性心因性吃音」の後天的な発症要因についてご紹介してきましたが、以下のものは吃音の原因ではないと言われています。
- 子育て習慣
- 幼少期の親との関わり方
- 誰かの真似
- 知能レベル
- 生来の性格
- 言語の種類
幼少期の親子関係や生来の性格は、吃音とは関係が無いと言われています。
以前は気にしやすい性格に育てられたから吃音になったとも言われていましたが、それは現在では否定されています。
診断基準
世界中の医療機関で、WHO(世界保健機関)の「ICD-10」「ICD-11」と米国精神医学会の「DSM-5」が、吃音の診断基準として用いられています。
なお、「ICD-11」については、導入の準備は進められているものの、日本では、2022年9月時点において未導入です。
診断基準 | 発効・出版元 | 分類 | 名称 | |
---|---|---|---|---|
「ICD-10」 初版:1994年 改訂:2016年 |
WHO (世界保健機関) |
精神及び行動の障害 | 小児<児童>期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害 | 吃音症 |
「ICD-11」 初版:2022年 |
WHO (世界保健機関) |
神経発達 | 発達性発話流暢症 | |
「DSM-5」 初版:2013年 |
アメリカ精神医学会 | 神経発達 | コミュニケーション障害 | 小児期発症の流暢症 |
それぞれの診断基準で用いられる吃音の名称は異なりますが、「ICD-11」「DSM-5」を見ると、「神経発達」の分類に属しており、名称には「流暢症」が付くという共通点があります。
合併しやすい疾患
吃音には合併しやすい疾患や障害があります。
- 発達障害
- 自閉症(ASD):社会性や共感力などの欠如から、コミュニケーションに難しさが生じる。
- ADHD(注意欠如・多動症):注意欠陥・多動性・衝動性の全て、もしくは、いずれかを持つ。
- 学習障害:聞く・話す・読む・書く・計算する・推論する中で、特定のものに困難を持つ。
- 社会不安症:人と関わる際に強い不安や緊張が生じ、震えや冷や汗、赤面、動悸や吐き気などの症状が出る。
- 構音障害:発音の不明瞭さから、伝わりにくさが生じる。
- 失語症
- ブローカ失語:「聞く」「読む」といった言葉の理解は比較的良好だが、「話す」「書く」といった言葉の表出において、明らかな質と量の低下が生じる。
- ウェルニッケ失語:「聞く」「読む」といった言葉の理解に問題が生じ、「話す」「書く」の量は比較的保たれるが、意味をなさない返答や無意味語の表出が生じる。
「発達障害」については、吃音者の5人に1人程度が持っていると言われています。また、「社会不安症」の合併は、7歳以降で現れ始めると言われており、大人では約2人に1人が併発していると言われています。
「構音障害」は、発音の不明瞭さから話す際に伝わりにくさが生じるものです。発音は、「構音器官」と呼ばれる舌などの口腔器官や声帯を動かして行われます。
構音器官のコントールが上手くいかなかったり、筋力不足だったりすることで、発音が不明瞭になるのが構音障害です。言葉が理解できなかったり、発話の内容を考えられないというわけではありません。
「失語症」は、脳梗塞や頭部外傷により大脳の言語を司る部分が損傷されて、「聞く」「話す」「読む」「書く」といった分野に問題が生じます。
失語症にはいくつか種類がありますが、代表例がブローカ失語とウェルニッケ失語です。それぞれ大脳の障害部位となる、ブローカ野とウェルニッケ野から名前が付けられており、表のとおり症状も異なります。
なお、「失語症」との合併は、「獲得性神経原性吃音」のみでの傾向となります。「発達性吃音」や「獲得性心因性吃音」に「失語症」が合併することはありません。
治療法
吃音の治療法には、様々なものがあります。
、全年齢に該当する治療法は少なく、それぞれで適用年齢が異なる場合がほとんどです。大人では、直接法と認知行動療法が適用されやすいと言われています。
代表的な手法 | 幼児期 | 児童期 | 青年期 |
---|---|---|---|
リッカムプログラム | 〇 | ||
直接法(発話訓練) | 〇 | 〇 | 〇 |
環境調整法 | 〇 | 〇 | |
認知行動療法 | △ | 〇 | |
周囲への働きかけ・社会参加 | 〇 |
治療法についての、詳細はLINE登録特典レポート「吃音の治療法」で詳しくご紹介します。
直接法(発話訓練)
直接法は発話訓練そのものと言えます。苦手な場面を想定して発話練習を行います。人により吃音が出やすい場面は異なり、特に青年期や成人期では活動範囲も広がり、発話場面は多岐に渡ります。
直接法には様々な種類があり、発話速度や発声法を調整して行う流暢性形成法や、重度の吃音症状から楽に吃ることを目標にする吃音緩和法というものがあります。
認知行動療法
認知行動療法は、認知と行動の両面から問題解決を図る心理療法です。吃音治療においては、「話すからどもる」などと言った思い込みや印象を、発話に積極的になれる思考へ調整するなどして、心理面にアプローチしていきます。
従来の心理面にアプローチした治療では、メンタルリハーサル法があります。昼間は発話場面での吃音症状を気にせず過ごし、夜に発話場面のリハーサルをイメージして、適応的な吃音へとつなげていくものです。
なお、合併症がある場合は、合併症が何かにより、治療における優先度や対応が異なってきます。構音訓練については、吃音訓練と同時並行でも良いと言われています。
周囲への働きかけ・社会参加
教育機関や職場において、吃音症状がコミュニケーションに大きく支障をきたす場合には、周囲に働きかけてサポートをお願いすることが勧められます。
吃音者が周囲に配慮を求めることは、法律でも認められています。周囲にサポートをお願いすることにより、発話しやすい環境づくり、また、発話の成功体験へ導くことが期待できます。
悪化要因
「2 種類」のところで、吃音の原因についてお話ししましたが、それらは「発症原因」となります。「発症原因」と「悪化要因」は分けて考えます。吃音の「悪化原因」となり得るものは、以下と言われています。
悪化要因となり得るもの |
---|
ストレス、不安、緊張、焦り、疲労、 発話時間の制限、発表や議論などの内容の競い合い、難易度の高い言葉の頻用 |
ストレスに関しては、獲得性心因性吃音の「発症原因」にも、吃音全体の「悪化原因」にも該当します。しかし、ストレスが吃音を発症させることは稀であると言われており、悪化要因の側面が大きいものとなります。
「発症原因」を減らすことは、「発達性吃音」に特定遺伝子が関わっていること、また、「獲得性神経原性吃音」の原因が神経疾患や脳損傷であることから、現在ではまだ難しいと考えられます。
一方、「悪化要因」は、ストレスや不安などの心理的側面が大きく、また、発話内容が関係することから、周囲への働きかけにより、ある程度の軽減が可能であると考えられます。
関連する法律
吃音に関連する法律には「障害者差別解消法」や「障害者雇用促進法」があります。これらの法律をご紹介する前に、「合理的配慮」についてご説明します。
合理的配慮
合理的配慮とは、障害者が障害のない人と平等な人権や自由を行使できるように、過度な負担にならない範囲で、社会的障壁を取り除くために必要とされる配慮のことです。
障害者差別解消法
行政機関等及び事業者に対して、障害者への差別を禁止し、障害者に対する合理的配慮を推進することを目的としています。
適用範囲は都道府県や市区町村などの役所、会社や店舗などの事業所で働いている障害者、または、大学機関などで学んでいる障害者となり、吃音者も該当します。
障害者雇用促進法
障害者の職業の安定を図ることを目的とした法律です。合理的配慮についても義務付けられています。
吃音者は障害者手帳を申請することができますが、障害者手帳があると、障害者雇用促進法により障害者枠での就職が可能となります。
まとめ
吃音は、症状や原因に個人差が生じ、重症度と悩みの深さは比例しないものであると言われています。
また、吃音との付き合い方も一人一人異なります。吃音の理解に、本コラムがお役に立てたら幸いです。
参考文献
- 菊池良和 『エビデンスに基づいた吃音支援入門』 学苑社
- 公益社団法人 日本精神神経学会「お知らせ」
- ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics (ICD-11 MMS)
- National Institute on Deafness and other communication disorders
- Australia Stuttering Research Centre
- Genetics of Stuttering Study
- National Library of Medicine; PubMed Central
“Neurogenic Stuttering: Etiology, Symptomatology, and Treatment” - 内閣府 「障害を理由とする差別の解消の推進」
- 発達性吃音の研究プロジュクト 大人の障害の申請について
- 厚生労働省 「障害者雇用促進法の概要」