吃音と遺伝:吃音と遺伝は関係している

吃音(きつおん)は、「吃り」とも言われ、ことばを滑らかに話すことが難しい状態を言います。子どもでは約20人に1人、大人では約100人に1人いると言われています。

吃音(きつおん)にはさまざまな原因があり、研究はされているものの、根本的な原因は未だ解明されていません。

しかしながら、吃音に関連する遺伝子がある程度特定されています。ここでは「遺伝性吃音」について説明していきます。

目次

吃音の概要

吃音は、2~4歳の間に人口の約5%が発症すると言われていますが、どのようなものをいうのでしょうか。

まず、吃音の症状、吃音の種類、発症原因として代表的なもの、合併しやすい疾患・障害について説明していきます。

吃音の症状

吃音の症状には「中核症状」と「その他の症状」があります。「中核症状」とは、吃音の土台の症状のことを言います。

「その他の症状」はそれに伴い出るものですが、大人になると「中核症状」が回避や工夫により隠れ、表に現れる症状のほとんどが「その他の症状」であることも少なくありません。

成長とともに、吃音の症状は変化していくと言えます。

中核症状特徴
連発音や語の一部の繰り返し 例:「り、り、りんご」
伸発引き伸ばし 例:「り〜んご」
難発音や語が詰まって出ない 例:「……りんご」
代表的なその他の症状特徴
随伴症状顔をしかめたり、体の一部を動かしたりする。
工夫婉曲表現やジェスチャーへの代用、「えーと」など前置きを入れる。
回避発話場面を避ける。
情緒性反応赤面や恥ずかしがる、不安などが表情・態度に現れる。

歌・独り言・劇のセリフ・音読などでは、これらの症状が出にくい傾向があります。

また、合併しやすい疾患や障害にも傾向があります。全ての吃音者に合併があるわけではありません。

吃音の種類

吃音の種類は、「発達性吃音」「獲得性心因性吃音」「獲得性神経原性吃音」の3つです。それぞれ原因や発症の割合が異なります。

吃音の種類発症原因<子ども>割合<大人>割合
発達性吃音明らかになっている部分はあるが、根本原因は不明ほとんど約70%
獲得性神経原性吃音神経学的な疾患や脳損傷稀である約30%
獲得性心因性吃音ストレスやトラウマ稀である約30%

子ども・大人ともに「発達性吃音」が最も多いと言われています。子どもの吃音が多いのは、2~4歳の間に人口の約5%が吃音を発症し、そのほとんどが「発達性吃音」だからです。

その「発達性吃音」の多くは、就学に向けて約74%が治癒する傾向にありますが、約26%は残存します。大人の吃音の約7割を占める「発達性吃音」は、その残存部分にあたります。「発達性吃音」の研究は進められていますが、根本的な原因は不明です。しかしながら、吃音に関連する遺伝子がある程度特定されている部分はあります。

発達性吃音の他に、「獲得性心因性吃音」と「獲得性神経原性吃音」があります。「獲得性心因性吃音」はストレスやトラウマ、「獲得性神経原性吃音」は神経学的な疾患や、脳損傷が発症原因と言われています。これらは子どもでは稀であり、大人でも「獲得性心因性吃音」「獲得性神経原性吃音」を合わせても3割程度に留まります。

発症要因について触れましたが、ここで、発症要因と悪化要因は似て非なるものであることをご説明します。

発症要因となり得るもの
神経発達の問題、特定遺伝子の遺伝、
ストレスやトラウマ、神経学的な疾患や脳損傷
悪化要因となり得るもの
ストレス、不安、緊張、焦り、疲労、
発話時間の制限、発表や議論などの内容の競い合い、難易度の高い言葉の頻用

発症要因にも悪化原因にも入る「ストレス」についてですが、前述の通り、子どもの吃音のほとんどは発達性吃音であり、その他心因性吃音を含む獲得性吃音は稀であることが判明しています。「ストレス」については発症より悪化要因の側面が大きいと言えます。不安・緊張・焦り・疲労については発症原因ではありません。

また、一昔前は吃音の原因と勘違いされてきたもので、現在吃音の原因ではないと判明しているものについてご紹介します。

吃音症の原因ではないものの代表例
  • 子育て習慣
  • 幼少期の親との関わり方
  • 誰かの真似
  • 知能レベル
  • 生来の性格
  • 言語の種類

子育てに関わるところとして、「子育ての習慣」、「幼少期の親子関係」は吃音の発症要因でも悪化原因でもないと言われています。

「誰かの真似」についても、原因とはなりません。

お子さんの吃音は誰かの真似によるものではなく、また、お子さんの吃音がうつってお友達も吃音になるということは決してありません。

合併しやすい疾患・障害

吃音には合併しやすい疾患や障害があります。発達障害については、吃音者の5人に1人程度が持っていると言われています。

社会不安症については、子どもでの発症は少ないものの、大人では2人に1人程度が併発していると言われています。

  • 発達障害
    • 自閉症(ASD):社会性や共感力などの欠如から、コミュニケーションに難しさが生じる。
    • ADHD(注意欠如・多動症):注意欠陥・多動性・衝動性の全て、もしくは、いずれかを持つ。
    • 学習障害:聞く・話す・読む・書く・計算する・推論する中で、特定のものに困難を持つ。
  • 社会不安症:人と関わる際に強い不安や緊張が生じ、震えや冷や汗、赤面、動悸や吐き気などの症状が出る。
  • 構音障害:発音の不明瞭さから、伝わりにくさが生じる。
  • 失語症
    • ブローカ失語:「聞く」「読む」といった言葉の理解は比較的良好だが、「話す」「書く」といった言葉の表出において、明らかな質と量の低下が生じる。
    • ウェルニッケ失語:「聞く」「読む」といった言葉の理解に問題が生じ、「話す」「書く」の量は比較的保たれるが、意味をなさない返答や無意味語の表出が生じる。

これらの障害は、吃音の原因ではありません。

また、障害と吃音がそれぞれ誘発し合うものでもありません。あくまでも、それらが合併していると考えます。

遺伝性吃音について

前述では、「発達性吃音」に関して、根本的な原因は不明ながらも、吃音の原因として、吃音に関連する遺伝子がある程度特定されていることに触れました。

親または親戚に吃音者のいる人は、そうでない人に比べ吃音の発症率が上昇すると言われています。

また、発達性吃音は幼児期に発症し、就学前後に自然治癒することが多いですが、それが遺伝性の吃音であった場合、その後も吃音が続く傾向にあると言われています。

「遺伝性吃音」は、全吃音の約7割にあたると言われています。つまり、吃音の原因の約7割は遺伝による可能性があるということです。また、この「遺伝性」は、「発達性吃音」の原因の明らかになっている部分でもあります。

現在、親または親戚に吃音者のいる人は、そうでない人に比べ吃音の発症率が上昇することが分かっています。ここで留意が必要なのは、あくまで発症率の上昇であり、100%遺伝するわけではないということです。

また、親から子への遺伝だけでなく、親の世代では発現せず、祖父母などその他の世代からの隔世遺伝である場合もあります。

オーストラリアの研究では、吃音者の5割が身内に吃音者がいると回答しています。(https://www.geneticsofstutteringstudy.org.au/stuttering-experiences-paper/ 参照)

特定遺伝子の研究

現在、吃音の特定遺伝子は4つ見つかっていると言われています。

特定遺伝子の研究は、アメリカの専門機関「National Institute on Deafness and Other Communication Disorders(NIDCD)」により、2010年以降、研究が続けられてきました。特定遺伝子は「GNPTAB」、「GNPTG」、「NAGPA」、「AP4E1」の4つですが、これらが突然変異したものが、吃音の遺伝に関わっていると考えられています。

しかしながら、これらの特定遺伝子を1つでも保有していると発症するというわけではありません。複数保有していても、発症率が100%というわけでもありません。多くても6人に1人と言われています。

見つかっている特定遺伝子は「GNPTAB」、「GNPTG」、「NAGPA」、「AP4E1」の4つですが、これらが突然変異したものが、吃音の遺伝に関わっていると考えられています。

また、特定遺伝子の研究では、吃音者家族の解析も行われており、「GNPTAB」「GNPTG」「NAGPA」を合わせると、吃音の原因の最大15%を占めることが分かりました。「AP4E1」は吃音の原因の最大5%を占めると言われています。(https://www.nidcd.nih.gov/research/labs/section-genetics-communication-disorders参照)。

なお、アメリカだけでなく、オーストラリアやニュージーランドでも特定遺伝子の研究は行われており、さらなる特定遺伝子の発見が期待されています。

双子研究

遺伝子の100%を共有している一卵性双生児の一方が吃音を発症した場合、双方吃音を発症する確率が高いとも言われており、体質的な部分に原因があることが濃厚とされています。

有名な吃音の研究で、双子を対象にして行われたものがあります(菊池良和『エビデンスに基づいた吃音支援』学苑社 p.14参照)。3,810組の双子の解析により、吃音における体質要因と環境要因の割合が証明されました。

研究結果として、吃音の原因は約70%が体質(遺伝子など内的要因)、約30%が体質以外(外的要因)であることが分かっています。

また、別の1,537組の双子を対象とした研究でも同様の結果が出たとあります。前述でも触れた「子育て方法」や「幼少期の親子関係」が吃音の原因とならないことへの裏付けにもなります。

遺伝における性差

吃音には有病率に性差があると言われています。幼児期ではあまり性差はないですが、男女比は、子ども全体では2:1、大人では4:1となっています。歳を取るにつれ、性差は大きくなります。

発達性吃音は約74%が治癒すると言われていますが、3 年以内の男女別自然治癒率は、男児が約 60%、女児が約 80%と言われています。

歳を取るごとに男性の方が女性よりも発症しやすくなるということではなく、男性の方が女性よりも吃音を残存及び継続しやすいということが言えます。

また、アメリカの専門機関「National Institute on Deafness and Other Communication Disorders(NIDCD)」の研究により、息子の方が娘より2倍程度遺伝しやすいことが分かっています。父親が吃音の場合は息子が22%・娘が9%の遺伝率、母親が吃音である場合は息子が36%・娘が17%の遺伝率となっています。
(https://www.news-medical.net/amp/health/The-Genetic-Factors-in-Stuttering-Disorders.aspx参照)

この遺伝における吃音の性差についても、研究が進められています。

吃音と合併しやすい疾患・障害の遺伝

吃音で合併しやすい疾患・障害の代表例として、構音障害、発達障害、社会不安症を前述でもあげました。これらの中で、遺伝が大きく関わるのは「発達障害」であると言われています。

発達障害特徴
自閉症(ASD)社会性や共感力などの欠如から、コミュニケーションに難しさが生じる。
ADHD(注意欠如・多動症)注意欠陥・多動性・衝動性の全て、もしくは、いずれかを持つ。
学習障害聞く・話す・読む・書く・計算する・推論する中で、特定のものに困難を持つ。

発達障害を合併する吃音者は5人に1人程度と言われています。一方、学齢期における発達障害の可能性のある児童は、全体の約6.5%、15人に1人程度であると言われていますので、吃音者における発達障害の有病率は、人口全体に比べて多いと考えられます。(https://www.mext.go.jp/content/20210412-mxt_tokubetu01-000012615_10.pdf参照)

特にADHDについては、学齢期の子供におけるADHDの有病率が3〜6%である一方、学齢期の吃音児におけるADHDの有病率は4〜26%という研究結果があります。(stutteringhelp.org参照)。重大な注意力や衝動性の問題は、吃音治療に影響を及ぼすことがあると言われています。


また、自閉症に関与する吃音関連遺伝子についても、研究が進められています。(https://www.sciencedaily.com/releases/2021/12/211202153920.htm参照)

まとめ

吃音自体も遺伝性が強いものですが、合併において、吃音と発達障害には関連する何らかの遺伝的特性があると言われています。

ただし、吃音と発達障害が100%結びついていたり誘発し合ったりしているわけではなく、あくまでも合併しやすいものということを理解しておきましょう。

参考文献

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