吃音とは:吃音の概要、吃音のメディア、世界の吃音事情


吃音(きつおん)とは、ことばを滑らかに話すことが難しい状態を言います。

100人に1人いると言われていて、日本でも世界でもあ同じくらいの割合です。有名人で吃音を経験した人も多く、バイデン大統領は吃音を持つ初のアメリカ大統領です。

ここでは吃音とは何かを、「吃音の概要」、「吃音とメディア」、「世界の吃音事情」の流れで説明していきます。

(言語聴覚士 鶴見あやか)

目次

吃音の概要

「きつおん」は「吃音」と書きますが、「吃」はあまり見かけない漢字なのではないでしょうか。「吃」には物がつかえる意味合いがあり、「吃音」は音がつかえるということを表しています。

吃音では文字通り話す際に音がつかえますが、歌う時や劇のセリフを言う時、独り言ではあまり出ません。音に関する事全てでつかえるわけではないのです。

この項目では、この「音がつかえる」について、その有病率や症状、診断基準などについて詳しく説明していきます。

有病率

吃音は、約100人に1人いると言われています。内訳としては、子どもでは約20人に1人、大人では約100人に1人の割合です。幼児期では男女差はあまりないですが、それ以降では、男性が女性の3倍以上いると言われています。

子どもの吃音がなぜ大人に比べて多いかというと、実は吃音は2~4歳の間に人口の約5%が発症するからです。そのほとんどは「発達性吃音」と言われるもので、小学校入学に近付くにつれて自然治癒していくことが多いです。一部はそのまま残ります。

原因

先ほどお話しした「発達性吃音」ですが、研究はされているものの、根本原因は未だ解明されていません。

吃音には、発達性吃音とは別に、「獲得性吃音」というものがあります。原因から、さらに「獲得性心因性吃音」と「獲得性神経原性吃音」に分けられます。獲得性吃音については、原因が判明していると言えます。

吃音の種類主な原因
発達性吃音根本原因は不明
獲得性心因性吃音ストレスやトラウマ
獲得性神経原性吃音神経学的な疾患や脳損傷

吃音には根本原因が分かっていない部分はありますが、関連する遺伝子がある程度特定されています。また、脳の神経回路の機能不全や神経発達が関与しているという研究結果も出ています。

症状

吃音には「中核症状」と「その他の症状」があります。

中核症状とは、吃音の土台の症状のことを言います。中核症状は以下の通り3つありますが、全て同時に見られるわけではありません。

吃音の中核症状特徴
連発音や語の一部の繰り返し
例:「り、り、りんご」
伸発引き伸ばし
例:「り〜んご」
難発音や語が詰まって出ない
例:「……りんご」

中核症状に合わせて、その他症状が見られることもあります。その他症状はいろいろな種類がありますが、以下がその代表例です。

吃音の中核症状特徴
その他症状の代表例顔をしかめたり、体の一部を動かしたりする。
工夫婉曲表現が先行する、前置きを入れる。
回避発話場面を避ける、ジェスチャーなどで代用する。
情緒性反応赤面や恥ずかしがる、不安などが表情・態度に現れる。

中核症状は土台のところですが、大人になると工夫や回避が表に出て、中核症状が裏に回ることがあります。一見すると吃音には見えない方もいます。

また、吃音には波があるので、治ったと思ってもしばらくして出てくることがあります。

混同されやすい疾患

吃音と混同されやすい疾患があります。以下がその代表例です。それぞれ、吃音とは別のものであり治療法も異なりますので、まずは医療機関で診てもらうことをお勧めします。

疾患名吃音との違い
トゥレット症候群吃音は話す内容を本人が分かっているが、トゥレット症候群の音声チック(無意味の発声、咳払いなど)は意識せず出る
早口言語症
(クラタリング)
早口言語症は発話速度の不規則性によるが、話している時、吃音に比べ自覚が乏しい

合併する疾患

吃音には合併しやすい疾患や障害があります。これらが合併している場合、吃音治療に合わせて、別に治療や訓練が必要となります。

合併しやすい疾患・障害名特徴
構音障害発音の不明瞭さから、伝わりにくさが生じる。
自閉症(発達障害)社会性や共感力などの欠如から、コミュニケーションに難しさが生じる。
ADHD(発達障害)注意欠陥・多動性・衝動性の全てもしくはいずれかを持つ。
学習障害(発達障害)聞く・話す・読む・書く・計算する・推論する中で、特定のものに困難を持つ。
社会不安症人と関わる際、強い不安や緊張が生じ、身体症状などが出る。

主な治療法

吃音の症状には個人差があり、また、人にはそれぞれ事情があるので、一概にこの治療法が良いということはできません。まずは医療機関に診てもらいましょう。

以下が主な治療法となります。

主な治療法特徴
リッカムプログラム子どもの発話に対して家庭でも声掛けを調整していく手法です。
直接法(発話訓練)苦手な場面を想定して発話練習をしたり、発話のタイミングを調整したりします。
環境調整法子どもの心理面や発言内容を考慮して、周囲が応対を合わせていく手法です。
認知行動療法発話の考えを適切なものにしたり、適応的な発話から心理面にアプローチしたりします。

治療法については、LINE登録特典レポート「吃音の治療法」で詳しくご紹介します。

診断基準

前述の内容をふまえた上、吃音の診断基準についてご説明します。

ここでは世界的な分類・診断基準である、WHO(世界保健機関)の「ICD-10」「ICDー11」、及び、米国精神医学会の「DSM-5」において、吃音がどう捉えられているかをご紹介します。

日本を含め、医療機関でICD-10やDSM-5の基準に沿った診断を受けることは、その後の治療や公的支援を受ける際の窓口になります。

診断基準 発効・出版元 分類 名称
「ICD-10」
初版:1994年
改訂:2016年
WHO
(世界保健機関)
精神及び行動の障害 小児<児童>期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害 吃音症
「ICD-11」
初版:2022年
WHO
(世界保健機関)
神経発達 発達性発話流暢症
「DSM-5」
初版:2013年
アメリカ精神医学会 神経発達 コミュニケーション障害 小児期発症の流暢症

    WHO(世界保健機関)の「ICD-10」及び「ICD-11」では:

    「ICD-10」

    「ICD-10」は国連機関であるWHO(世界保健機関)が出している「国際疾病分類」です。発効以来、世界中の医療機関において診療記録の管理や診断基準として用いられてきました。

    正式名称は「疾病及び関連保健問題の国際統計分類 第10版(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems,Tenth Edition)」です。

    吃音は、「精神及び行動の障害」区分の「小児<児童>期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害」の中に分類されており、「吃音症」と呼ばれています。

    このことから、吃音は行動や情緒の障害と考えられており、小児期から青年期と長い期間どこでも発症しうると判断されていることが分かります。

    混同しやすい疾患でご紹介した「早口言語症」や「トゥレット症候群・チック障害」も同じ分類内に入っています。早口言語症やトゥレット症候群の症状が、吃音と類似していることがこのことからも分かります。

    「ICD-11」

    2022年2月時点では日本政府による医療機関への導入はまだ通知されていませんが、既に「ICD-10」を改訂した「ICD-11」が2022年1月にWHOより発効されています。

    「ICD-10」の改訂は2013年や2016年にもありましたが、最新版の発効としては実に30年ぶりとなります。尚、現在日本で用いられているのは「ICD-10」2013年改訂のものです。

    ICDの最新版「ICD-11」では、吃音は「神経発達/Neurodevelopmental disorders」区分にあり、「発達性発話流暢症/Developmental speech fluency disorder」に該当できます。

    WHOの最新の分類では、吃音が発話の流暢性の問題であること、また、神経発達が関与していると考えられていることが分かります。

    米国精神医学会のDSM-5では:

    「DSM-5」は米国精神医学会の出している「診断・統計マニュアル」です。精神疾患や障害における世界的な診断基準となっています。

    正式名称は「精神疾患の診断・統計マニュアル  第5版(Diagonostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition)」です。

    吃音は、「神経発達症群」区分にあり、「コミュニケーション障害群」の中に分類されており、「小児期発症流暢症(吃音)」と呼ばれています。

    このことから、吃音は言葉を流暢に発話するのが難しいこと、小児期から発症することが多いと判断されており、また、コミュニケーションの困難に繋がる神経発達が関与したものであることが分かります。

    尚、アメリカ精神医学会の「DSM-5」は、WHO(世界保健機関)の「ICD-10」と異なり、2013年初版のものですが、既に「DSM-6」に向けた動きがあります。

    「ICD-11」や「DSM-5」から分かること:

    これら世界的な分類・診断基準において吃音で共通していることは、「発話の非流暢性の問題」、また、「神経発達の関与」が指摘されていることです。

    吃音とメディア

    この項目では、吃音の国際的記念日、吃音の取り扱われているメディアについてご紹介していきます。

    国際的記念日

    2月22日はニャンニャンニャンで猫の日になりますが、吃音にもこのような記念日があることをご存じでしょうか?吃音の場合、世界共通の国際的な記念日になります。

    吃音の記念日は10月22日で、国際吃音啓発デーとしてお祝いされています。吃音の一般認識を高めることが目標です。

    このような社会運動に色付きリボンを使うことは多いですが、吃音にも専用のリボンがあります。綺麗なエメラルドグリーンのリボンです。

    映画・ドラマ・小説

    吃音が取り扱われているメディアはいろいろあります。映画、ドラマ、小説と多岐に渡るので、ここでは代表的なものをご紹介していきます。どれも見ごたえ、読みごたえがあります。見終わった後や読後感も良いのでお勧めします。

    (1)映画

    「英国王のスピーチ」:エリザベス2世の父で、吃音を持つジョージ6世と言語療法士の交流について描かれたものです。アカデミー賞を4部門受賞しています。

    「マイ・ビューティフル・スタッター」:吃音の若者達の自助団体における交流と成長を描いたもので、ドキュメンタリー映画になります。

    「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」:思春期の若者が吃音を通して成長していく物語です。原作は漫画なので、漫画を読んでみるのも面白いかもしれません。

    (2)ドラマ

    「きよしこ」:吃音を持つ少年が、周囲の人との関わりの中で成長していく物語です。NHKで放映されました。原作は小説で、自らも吃音を持つ重松清が作者です。

    「ラヴソング」:元ミュージシャンで臨床心理士の主人公と、カウンセリングに来た吃音を持つヒロインが、音楽をとおして心を通わせるラブストーリーです。

    (3)小説 

    「青い鳥」:ドラマでもご紹介した、吃音を持つ重松清が作者です。吃音を持つ国語教師が、生徒とのやりとりを通して成長していく物語です。

    「ペーパーボーイ」:新聞配達員の少年が、周囲との関わりの中で成長していく物語です。ニューベリー賞オーナーブックを受賞しています。

    「僕は上手にしゃべれない」:吃音を持つ思春期の若者が主人公で、なかまちテラスティーンズ委員会賞を受賞しています。

    世界の吃音事情

    吃音は、日本だけでなく世界にもあります。吃音の発症する割合は、100人に1人と共通です。英語では、吃音は「Stuttering/スタッタリング」(または、「Stammering/スタメリング」)と言います。

    中世英語の「Stutte=停止」が由来です。吃音は難発のイメージが強かったのかもしれません。

    ここでは、他の国の吃音事情についてご紹介していきます。

    アメリカ

    アメリカは医療の様々な分野において先駆けていますが、吃音事情はどうでしょうか。まず、吃音が元で学校や職場で人間関係に悩みが生じるのは、日本と同じです。

    いじめが原因で社会不安症を抱えることもあります。治療法は言語療法、認知行動療法などが用いられています。

    FDA(アメリカ食品医薬品局)認可の吃音治療薬は現時点ではなく、てんかんなどの薬が薬物療法の一役を担っています。また、吃音アプリの開発も進められています。

    インド

    インドは目覚ましい経済発展を遂げています。吃音分野ではどうかというと、法的に吃音を障害として認めており、インド吃音協会(TISA)によるワークショップや広報活動もあります。

    一方、日本同様に言語聴覚士が不足しており、治療機会が不十分とも言えます。社会認知もこれからさらに広げていく必要があります。

    オーストラリア

    オーストラリアでは吃音の先端研究が行われています。

    日本同様に吃音による悩みは生じますが、社会認知が進んでいます。

    治療法のところであげたリッカムプログラムは、オーストラリアで開発されました。リッカムプログラムは子ども対象ですが、青年・成人対象にはキャンパーダウンプログラムがあります。

    キャンパーダウンプログラムは、吃音をなくすのではなく、発話方法を調整して吃音を緩和するというものです。

    まとめ

    吃音はとても身近なものですが、意外に知られていないことも多いです。

    まず知ることが大切です。情報を集めて、毎日をより良いものにしていきましょう。

    参考文献

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