学校生活において、他者に上手く気持ちを伝えられなかったという経験はありませんか?
「“やめて”と言いたかったけど言えなかった」「“手伝って”“助けてほしい”と言いたかったけど上手く言えなかった」など、思いが伝わらないことほど、もどかしいものはありません。
物事には得手不得手があるように、時には自分の力だけでは解決が困難なこともあります。その際に、誰に・どのように援助を求めたらいいのかを考え、気持ちを伝えていくことが大切です。
当コラムでは、「吃音(きつおん)」という自分の力ではコントロールすることが難しい発話障害とともに、学校生活を送るための工夫について解説していきます。
なぜ吃音があることで、学校生活で困りごとが生じるのか、どのような工夫が学校生活で活きるのかを考えていきます。
吃音があると、なぜ学校生活で困るのか
吃音は、はじめの音を繰り返したり、引き伸ばしたり、ことばが詰まって出てこなかったりする発話障害の一つです。音を繰り返すことで、「注目を浴びようと話し方を変えている」と誤解されたり、ことばが詰まることで伝えたいタイミングでことばが出てこなかったりすることがあります。
そのような“話し方”の特徴があることで、学校生活において、どのような困りごとが生じるのでしょうか。当コラムの「学校」とは、小学校~高校までを指します。
まずは、そのライフステージにおいて生じる困りごとと、その6つの理由について解説いたします。
発言や発表の機会が多い
学校では、授業中以外にも発表会など様々な発言の場があります。
そのような場面において、吃音という話し方が現れることによって、言いたいタイミングでことばが出てこなかったり、話し方を指摘されたり、からかわれたりすることで、発言や発表の場をより困難にしていることが考えられます。
歌や斉唱(他者と声を揃える)では吃音の症状は現れませんが、そのような発表の場面ばかりではないのが現実です。
自分の意志でコントロールすることができないという吃音の特徴が、発言や発表を必要とする場面に影響します。
発話を待ってもらえる場面ばかりではない
吃音のある方と関わるうえで大切なことの一つが、「話し終わるまで待つこと」です。
伝えたいことを遮られることなく、「吃っても話を聞いてくれる」「吃ったけれども言いたいことをしっかりと伝えられた」という体験こそが、吃音の悪化を防ぐという意味でも重要なのです。
しかしながら、学校生活の中では、必ずしも話し終えるのを待ってもらえる環境ばかりではありません。
学校生活でことばを発する場面は、授業や発表会だけではなく、グループワークや余暇時間、掃除、登下校中など、学級担任の目がないところにも存在します。
吃音のある方と関わる全ての人が、吃音についての正しい知識を身に付けることが大切です。
話し方への指摘やからかいを受けることがある
吃音は、まだまだ理解が浸透していない発話障害といえます。
吃音のある方と関わる周囲の人々が、吃音についての正しい情報を知らなかったり、どのように関わればいいのかを知らなかったりすることで、吃音の話し方に対して指摘やからかいが起こることがあります。
話し方に対して指摘やからかいを受けることで、吃音のある方は「この話し方はおかしいんだ」「みんなの前で吃音を出してはいけない」と誤った認識をし、それが原因で吃音の症状を進展させてしまうことがあります。
すると、話したいタイミングでことばが出てこない難発へと進展し、学校生活での話す場面をより困難にしてしまいます。
流暢さや時間内に話すことを求められがち
学校生活では、発話や発表の際に、流暢に話すことや時間内に話し終えることを求められがちです。
特に、音読ではつかえずに流暢に話すこと、九九のテストでは「30秒以内に6の段を言い終える」などのように時間制限が設けられることがあります。
しかし、吃音は流暢に話すことに注意を向けることで、症状が現れやすくなるという特徴があります。
流暢さや時間内に話すことを目的とした発話の場面は、吃音のある方にとって難しいものとなります。
吃音をコントロールできない
「この場面では吃りたくないから、吃音を抑える」「吃らないように気を付けて話す」などのように、吃音をコントロールすることはできません。
吃音は、緊張したときに吃るのと同じであると思われがちですが、実際は違います。
緊張が原因の吃りであれば、深呼吸したり、練習を繰り返したりして改善することができますが、吃音は自分の力でコントロールすることができません。
その理解が得られないことで、「そんなに緊張しないで」「もっと練習してみては?」などのような、本人が必要としていないアドバイスを受けることも考えられ、吃音のある方を苦しめてしまいます。
吃音への理解が得られにくい
吃音のある方が、学校生活を困難であると感じる要因の多くは、やはり吃音への理解が得られにくいという点にあります。
吃音のある方と関わる人々が、吃音を正しく理解していないために、吃音の原因を学力や発話に関わる練習不足であると捉えてしまうことがあります。
また、吃音が周りの人々の言動によって悪化したり、症状が固定化されたりすることも、知らない方が多いです。
吃音の理解が得られない環境は、吃音のある方にとっては「吃ることが許されない環境」となってしまいます。そのため、自然な話し方が出せる環境を作ることが大切なのです。
学校生活を送るための工夫5選
吃音のある方は、学校生活における学習環境やルール、吃音への理解の得られにくさなどによって、様々な困りごとが生じています。
では、吃音のある方が、困りごとを感じずに学校生活を送るためには、どのような工夫が必要なのでしょうか。学校の中でできる工夫を5つご紹介いたします。
吃音を周知する
吃音のある方の学校生活に困難さをもたらす原因の一つに、吃音の話し方への真似やからかい、指摘などがあります。
吃音と付き合いながら学校生活を送るためには、それらの行為を発生させず、苦手意識を生まないことが大切です。そのため、吃音がどのような障害であるのか、どう接してほしいのかを周囲の人々に周知することで、話し方に対する指摘を回避することができるでしょう。
学校では、授業中の発表や音読などの学習場面のほかにも、クラスメートとのコミュニケーションの場面などでもことばを発します。
それらすべての場面で、からかいや指摘を生じさせないためには、学校生活が始まる前に先生へ吃音について伝えたり、学校生活がスタートするタイミングでクラスメートに吃音の理解を促したりして、話すことへの苦手意識を作らない工夫を行うことが大切です。
吃音について伝える際には、学校生活がスタートする前に、担当の先生との話し合いの場を設け、事前に吃音について共有しておくことが望ましいです。
教育に携わるすべての人が吃音をよく知っているわけではありません。吃音がどのような発話障害であるか、どのような対応が望ましいのか、どんなことが心配であるのかなど、事前に話し合いができるといいでしょう。
また、学級担任の力を借り、クラスメートへも吃音について事前に伝えておくことで、吃音を出すことができる環境を整えていきましょう。
吃音児と保護者と先生の繋がりをつくる
学校生活で、吃音のあるお子さん(以下吃音児)と主に関わる大人は、学級担任といえます。
しかし、学校生活に慣れるまで、また、学級担任との信頼関係が構築されるまでの間、吃音児は困りごとや悩みごとを気軽に相談できるでしょうか。
吃音という、当事者にしかわからない困難さを共有するためには、吃音児と保護者と先生という三者によるつながりを築くことが大切です。
保護者は吃音児が悩んでいることを学級担任と共有したり、学級担任は学校での様子を保護者と共有したりと、吃音児が安心して学校生活を送ることができるよう、基盤を整えましょう。
保護者が、学級担任と吃音の様子や学校生活の状況について共有したいと思ったときに、「わざわざ時間をとってくれるだろうか」「一人のために時間をとってもらうのは申し訳ない」といった理由で、連絡や話し合いを躊躇する方もいらっしゃいます。
しかし、お子さんは心も体も日々成長していきます。お子さんの気持ちが変化するということは、同時に必要な配慮も変化していきます。
学校へ連絡する“ついで”を活かし、お子さんの状況を確認したり、情報を共有したりする方法もあります。休みの連絡をするついでに少し時間をいただいたり、連絡帳を活用したりするのも一つの方法で
配慮を相談して決める
学校生活を送るうえで必要な配慮について、事前に学級担任と相談し、決定しましょう。その際に気をつけていただきたいのが、学級担任に配慮を“おまかせ”してしまうことです。
前述しましたが、教育に携わるすべての人が、吃音を深く理解しているわけではありません。そのため、明確な対応策が分からず、「みんなの前で話すのは大変だろう」「きっと音読は苦手だろう」などといった誤った解釈をしてしまい、本人が希望していない配慮を行なってしまうことが予想できます。
学校生活を始める前に、配慮について相談することはもちろん、吃音のあるお子さんが希望する配慮を、自分自身のことばで伝えるスキルを身に付けることもまた大切です。
すべての事柄において共通理解を図ることができているかと言われれば、そうではありません。学級担任は吃音のことをよく知らないかもしれません。
反対に、学校生活の経験が浅い吃音児は、学校のどのような場面で困りごとが生じるのかをイメージすることが難しいかもしれません。
お互いが理解していることを共有し、どのような場面で、どんな配慮が必要であるのかを考えていきましょう。
「秘密のサイン」を決める
吃音は、いつも同じ症状が、同じ頻度で現れるわけではありません。
吃音には、波があるのが特徴で、吃音の症状が重い日もあればほとんど現れない日もあります。吃音の症状の程度によっては、会話もままならないという日もあるでしょう。
その際は、先生と吃音児だけがわかる“秘密のサイン”を事前に決めておくことで、学級担任へ「今日は吃音がつらいです」というメッセージを、クラスメートに気付かれずに伝えることができます。
「答えはわかっているので挙手はするが、指名しないでほしい」「今日は音読ができないので、みんなで読む方法にしてほしい」など、サインを用いてその日の希望する配慮を伝えることができます。
「サインを送る」というと、ジェスチャーや手話などをイメージしますが、状況に応じた使いやすいサインを考え、活用しましょう。
例えば、始業のタイミングで、教科書を開いたまま伏せて置いておくというサインは「今日は吃音の症状が重いです」というメッセージで、手で4を示して挙手しているときは、「答えはわかっているけど、当てないでほしいです」など、使いやすく見てわかりやすいサインを考え、学級担任と共通理解を図りましょう。
相談できる関係作りと「スペシャルタイム」の確保
吃音児と関わる先生とゆったりと話すことができる時間である「スペシャルタイム」を設けてもらうことで、吃音や友だち関係、学校での困りごとについて定期的に共有しましょう。
このスペシャルタイムは、吃音の軽減を目的としたものではなく、ゆったりと近況を共有する時間のことです。
学校によっては難しいかもしれませんが、定期的な会話の時間や交換日記など、困りごとを心に秘めないための工夫も、学校生活を送るうえで必要です。
また、学校だけでなく、ご家庭で学校であったことをゆったりと話したり、落ち着いて遊んだりする「スペシャルタイム」を確保することも大切です。
1日10分程度、本を読んだり、テーブルゲームをしたりと、楽しめる時間を設けましょう。ことば遊びをする際には、おふろの時間を活用してもいいでしょう。
学校でのスペシャルタイムの留意点は、見方によっては配慮ではなく、「特別扱いをしている」とも捉えられてしまう点です。
吃音児が学校生活を送るうえで、学校での様子や悩み事を先生が把握し、ご本人に合わせた配慮を設定することはとても大切です。
しかしながら、クラスメートから見て特別扱いと捉えられないようにすることもまた、吃音に対する配慮の一つです。
スペシャルタイムを設ける際は、別室で話をしたり、人が少ない時間帯に行なったりすることで、悩みや心配ごとを抱え込まないような環境を整えましょう。
まとめ-非吃音者に吃音について知っておいてほしいこと-
吃音者は、様々な困りごとを抱えて学校生活を送っています。
「なぜ吃音のある方は学校生活で困りごとが生じるのか」を考えると、やはり吃音への理解が得られにくい点が大きいといえます。
そこで、吃音者が吃音ではない方(以下非吃音者)に知っておいてほしいことをまとめてみましょう。
吃音を、自分のことばで説明するということは、学校生活でとても大切なことです。先生やクラスメートへ吃音を伝える際の参考していただけると幸いです。
「吃る話し方」は自然な話し方
非吃音者が「吃る」場面を想像するとき、緊張している状態をイメージするかと思います。それは、非吃音者の自然な話し方が、吃らない話し方であるためです。
そのため、吃る話し方が「吃音者にとって自然な話し方」であることを知らないからです。
「ああああのね」と音を繰り返す話し方(連発)は、力みのない自然な話し方であり、反対に「・・・っあのね」とことばが詰まる話し方(難発)は、緊張を伴う自然ではない話し方なのです。
難発は、一見吃っていないように思えるものの、実はその“目立たない吃音”こそが苦しいのです。
周囲の人々が吃音を正しく理解し、吃音者が自然に話すことができる環境を整えることが大切です。
吃音はコントロールできない
非吃音者が吃る場面といえば、緊張しているときや、言いたいことがまとまらないときなどが多いのではないでしょうか。
その際には、深呼吸をしたり、練習量を増やしたりすることで、改善できることが多いでしょう。
しかし、吃音は違います。吃音は、自分の意志でコントロールできないという特徴があります。
吃音の頻度に、練習不足による自信のなさや緊張などは影響せず、自分の意志とは関係なく現れる発話障害であることを理解してもらいましょう。
指摘やからかいで症状が悪化する
吃音者にとって、「吃る話し方」は、力みのない自然な話し方であることは前述しました。
非吃音者にとって、吃ることは自然とは言い難い話し方です。それは、吃音者と非吃音者の話し方の違いとも言えるでしょう。
しかし、人によって「普通」や「自然」といった概念が異なることは、理解しておきたい事柄であるといえます。
吃音者の「自然な話し方(連発)」に対して指摘したり、からかったりしたりすることで、吃音者は「この話し方はおかしいんだ」「吃音を出さないようにしないと…」と、自然な話し方を隠そうとします。
そうすることで、話したいタイミングでことばが出てこない難発へと症状が進展し、体へも負荷がかかります。難発は、のどを締め付けられるような、のどに蓋をされたような苦しさを伴います。
吃音者への一言や態度が、発話だけでなく、体への負担やその後のコミュニケーション意欲を削ぐ行為にもなり得ることを、理解してもらうことが大切です。
配慮が必要な場面がある
学校生活においては、決められた文章を読み上げたり、意見をまとめて述べたり、クラスメートと会話をしたりと、ことばを発する場面が多々あり、それぞれの場面において、配慮が必要です。
基本的には、話を遮らずに最後まで聞くことや話し方への指摘をしないことなど、話に耳を傾ける姿勢が、吃音のある方とのコミュニケーションでも大切です。
しかし、場面によってはそれ以外にも、音読の際には二人読みの体制をとったり、セリフを変更したり、学級担任と個別に話す時間を設けたりすることが必要となることがあります。
それらを、特別扱いと捉えるのではなく、「吃音のある方にとって必要な配慮」であることを理解してもらいましょう。
吃音には波がある
スポーツを行う際や体調などに調子の波があるように、吃音にも波があることを事前に理解してもらいましょう。
吃音の症状がたくさん出るときもあれば、全く出ないときもあります。吃音の不安定さを伝えるとともに、自分で吃音の波を把握することもまた大切です。
吃音の波について伝える際に重要なのが、吃音の症状と悩みはイコールではないことです。吃音が落ち着いていると思っていたら、実は難発が出現しているため気付かれにくかったり、吃音の症状が重く、発話の量自体が減っていたりする場合もあります。
吃音の波の存在を知らないと、「吃っていないから大丈夫」と吃音を誤って解釈し、必要な配慮を受けられないことがあるかもしれません。
吃音の波について、また、波とは一体どのような状況なのかを知ってもらうことも大切です。
学校生活では、吃音の有無にかかわらず、様々な場面で困難を感じることがあるでしょう。加えて吃音があることによって、困難さが増します。
それでも、自分自身がどのような場面で何を困難と思うのかを理解しておくことや、対策や解決策を考えることはできます。吃音を他者と共有するだけでなく、一緒に対策や解決策を考えていくことで、困難さが少しずつ軽減されていくことが期待できます。
学校生活で他者と共有する力、一緒に考える力を培うことで、将来の自分の礎ともなっていくことでしょう。