吃音と言語聴覚士

吃音で医療機関を受診した場合、言語聴覚士とやり取りすることが多いと考えられます。言語聴覚士の職務範囲には、吃音のリハビリテーションがあるからです。

しかし、日本において言語聴覚士は比較的新しい職種であり、その名称を聞いたことが無い人も多いのではないでしょうか。

言語聴覚士と吃音について、「吃音とは」「言語聴覚士とは」「吃音と言語聴覚士」の流れでご紹介していきます。

目次

吃音とは

吃音とは、吃音症状によって「発話」がスムーズにいかない状態を指します。最初に吃音の主な症状をご紹介します。

主な症状

吃音症の症状には「中核症状」と「その他の症状」があり、吃音症の土台の症状を「中核症状」、それに付随したものを「その他の症状」と言います。

一般的に、幼児期から学童期は「中核症状」が多いですが、青年期以降では「その他の症状」が目立ち、中核症状が表に出てこない場合もあります。

区分症状名と特徴
中核症状連発:音や語の部分を繰り返す。例:「み、み、みかん」
伸発:音と音の間を引き伸ばす。例:「みーかん」
難発:音を発する際に阻止が生じる。例:「・・・みかん」
その他の症状工夫/回避:婉曲表現などで返答、発話場面を避ける。
随伴症状:発話内容と関係のない動きや緊張が伴う。
情緒性反応:発話内容とは関係のない情緒が現れる。

吃音の種類

次に吃音の種類についてお話しします。

吃音には3つの種類、「発達性吃音」「獲得性神経原性吃音」「獲得性心因性吃音」があります。それぞれに症状の特徴も異なります。

名称原因症状の特徴
発達性吃音根本原因は不明、特定遺伝子の関与は判明幼児期~学童期は、連発や伸発が多く、青年期~成人期は難発が多いとされている。また、青年期以降では、工夫や回避が多く、中核症状が表に出てない場合もある。
獲得性
神経原性吃音
神経学的な疾患や脳損傷中核症状が多く、随伴症状は少ない。
獲得性
心因性吃音
ストレスやトラウマ中核症状がないわけではないが、随伴症状や情緒的反応が目立つ。

子どもの吃音においては、ほとんどが「発達性吃音」であると言われています。子どもの「獲得性神経原性吃音」「獲得性心因性吃音」は非常に稀となります。

大人についても「発達性吃音」が最も多く、吃音症者全体の約7割を占め、残りの約3割を「獲得性神経原性吃音」「獲得性心因性吃音」が占めると言われています。

吃音の多くを占める「発達性吃音」についてですが、2~4歳の間に人口の約5%が発症すると言われています。その多くは就学にかけて約74%は治癒する傾向にありますが、残りの約26%は残存します。大人の「発達性吃音」は、成人後に発症したものというよりは、この2~4歳の間に発症したものが残存したところが大きいと言われています。

また、「発達性吃音」の原因に、特定遺伝子の関与があります。吃音の特定遺伝子は現在4つ発表されており、アメリカの専門機関「National Institute on Deafness and Other Communication Disorders(NIDCD)」を中心に研究が続けられてきました。

ただしこれらの特定遺伝子の1つないし複数を保有すると100%発症するというわけではありません。原因についての詳細は「吃音の原因」のコラムをご参照ください。

次に、吃音に合併しやすい疾患・障害についてご紹介します。

合併しやすい疾患・障害

  • 発達障害
    • 自閉症(ASD):社会性や共感力などの欠如から、コミュニケーションに難しさが生じる。
    • ADHD(注意欠如・多動症):注意欠陥・多動性・衝動性の全て、もしくは、いずれかを持つ。
    • 学習障害:聞く・話す・読む・書く・計算する・推論する中で、特定のものに困難を持つ。
  • 社会不安症:人と関わる際に強い不安や緊張が生じ、震えや冷や汗、赤面、動悸や吐き気などの症状が出る。
  • 構音障害:発音の不明瞭さから、伝わりにくさが生じる。
  • 失語症
    • ブローカ失語:「聞く」「読む」といった言葉の理解は比較的良好だが、「話す」「書く」といった言葉の表出において、明らかな質と量の低下が生じる。
    • ウェルニッケ失語:「聞く」「読む」といった言葉の理解に問題が生じ、「話す」「書く」の量は比較的保たれるが、意味をなさない返答や無意味語の表出が生じる。

「発達障害」については、吃音症者の5人に1人程度が持っていると言われています。

「社会不安症」は、7歳以降で現れ始めると言われていますが、大人では約2人に1人が併発していると言われています。

「構音障害」は、「発音(構音)」する際に用いる、舌やその他の口腔器官のコントロールが上手くいかなかったり、筋力不足だったりすることで、発音に不明瞭さが生じるものです。特に「発達性吃音」「獲得性神経原性吃音」に合併しやすいと言われています。

「失語症」は、脳梗塞や頭部外傷による大脳の損傷により、「聞く」「話す」「読む」「書く」といった分野に問題が生じるものです。失語症にはいくつか種類がありますが、代表例がブローカ失語とウェルニッケ失語となります。なお、「失語症」との合併は、「獲得性神経原性吃音」のみでの傾向となります。

本項目の最後に、治療法についてご紹介します。詳しくは、LINE登録特典レポート「吃音の治療法」をご参照ください。

主な治療法

名称適用の目安特    徴
直接法(発話訓練)全年齢直接的な発話の練習を行います。苦手な発話場面、面接や発表といった場面を想定した発話練習が可能です。
リッカムプログラム幼児期子どもの発話に対して訓練や家庭で声掛けを調整していきます。少しずつ褒める頻度を増やしていきます。
環境調整法幼児期~
児童期
子ども本人が話す練習をするのではなく、子どもの心理面や今までの発言傾向を考慮して、周囲が応対を合わせていきます。
認知行動療法児童期後半~
成人期
認知と行動の両面から問題解決を図る心理療法となり、「話すからどもる」といった思い込みや印象を、発話に積極的になれる思考へと調整していきます。

また、合併疾患や障害がある場合は、その疾患や障害の症状を考えて、吃音症よりも治療を優先させることが多いです。構音訓練については、吃音と同時並行が可能であると言われています。

言語聴覚士とは

言語聴覚士の職務範囲

言語聴覚士は、音声機能・言語機能・聴覚・摂食嚥下の障害について、検査・訓練を行う職種です。単的には、「首から上の範囲のリハビリ」「言語と聴覚に関わる業務を行う」ということができます。医療機関で働く言語聴覚士が最も多いですが、その職務内容から就業先は「医療福祉」「教育」「ビジネス」と幅広いです。

「医療福祉」の分野では、病院や施設においてリハビリテーションの医療職として勤務しています。脳梗塞などによる言語や嚥下機能の低下、聴覚や発話機能に関わるリハビリテーションなどを行います。言語聴覚士による吃音の治療は、医療に関わることであり、耳鼻科や小児科、リハビリテーション科のある病院で行われることが多いです。

「教育」の分野では、小学校に併設された「ことば(きこえ)の教室」や、特殊支援学校などで教諭や講師として勤務していたりします。大学の教育機関などにおいて、言語聴覚分野の研究を行っている場合もあります。なお、言語聴覚士が教諭として特別支援学校に勤務する場合は、言語聴覚士と合わせて、特別支援学校の教員免許が必要となります。

「ビジネス」の分野では、人工内耳や補聴器を取り扱う企業の会社員として勤務している言語聴覚士がいます。また、摂食や嚥下機能のリハビリテーションに用いる商品開発に関わる言語聴覚士もいます。

また、言語聴覚士は独立開業が可能な職種であり、療育などにおいて開業する言語聴覚士も増えてきています。

言語聴覚士の歴史

近代的な言語や聴覚のリハビリテーションの概念が発祥したのは、欧米と言われています。聴覚に関わる言語教育は歴史が古く、18世紀にはフランスで本格化しています。

吃音治療については、19世紀にアメリカで関連書籍の出版が相次ぎ、20世紀初頭には、学校制度において言語治療教室が創設されています。

その後、近代から現代へと変わる中でも言語聴覚分野の研究は続けられています。アカデミー賞映画「英国王のスピーチ」にも言語聴覚士が登場します。

イギリス国王ジョージ6世(エリザベス2世の父)の吃音治療を行った実在の人物で、オーストラリア出身のライオネル・ローグという言語聴覚士です。

なお、オーストラリアは、現代において最先端の吃音研究が行われている国です。「吃音の治療法」でご紹介した「リッカムプログラム」も、オーストラリアの大学で開発されたものとなります。

日本では、欧米の流れを受けて、20世紀前半に九州大学や東京大学で音声言語障害の専門外来が作られました。

20世紀中頃に、千葉県市川市立真間小学校において通級式治療教室が開設され、吃音を中心とした言語治療が教育現場でも始まりました。

日本における言語聴覚士の社会的認知度は欧米に比べて遅れていると言われています。日本の言語聴覚士法が施行されて、言語聴覚士が国家資格化されたのは1997年のことになります。

他の資格に比べて、比較的新しい職種であることは、社会的認知が遅れている大きな要因の一つとしてあげられます。

言語聴覚士法

1997年に施行された言語聴覚士法において、言語聴覚士とは、「音声機能、言語機能又は聴覚に障害のある者についてその機能の維持向上を図るため、言語訓練その他の訓練、これに必要な検査及び助言、指導その他の援助を行うことを業とする者」(言語聴覚士法第二条)と定義されています。

日本における言語聴覚士は、音声・言語・聴覚機能を中心とした障害、それに関連して摂食・嚥下を含めた障害の検査・訓練を行う職種であるといえます。

これにより、発話がスムーズにいかない症状である吃音についても、言語聴覚士の職務範囲となります。

吃音と言語聴覚士

吃音治療は医療機関にて行われることが一般的ですが、どの病院でも吃音の治療が行われているわけではありません。

耳鼻咽喉科や小児科、リハビリテーション科がその窓口となることが多いです。吃音治療を実施している病院は、音声や言語に関わる他の疾患に比べて、少ないのが現状です。

吃音と言語聴覚士の関わりについては、吃音の種類によって、その関わり方が異なります。

一般的に吃音で受診した場合、初回の受診で医師と関わり、その後、検査やリハビリテーションなどにおいて言語聴覚士や心理士とのやり取りが多くなります。

発達性吃音の場合

小児科や耳鼻咽喉科を受診の窓口として、その後、言語聴覚士が言語療法、心理療法を心理士が担当することが多いです。

発話練習を行う直接法やリッカムプログラムなどの言語療法は言語聴覚士が行い、認知行動療法やカウンセリングは心理士が行う場合が多いといえます。

発達性吃音との合併が多い発達障害は、心理士とともに言語聴覚士が担当します。また、構音障害は発音の不明瞭さが特徴であり、構音器官のコントロール力や筋力不足が主な原因であることから、言語聴覚士が担当します。また、社会不安症に対しては心理士が心理療法を行います。

獲得性神経原性吃音の場合

リハビリテーション科にて言語聴覚士が言語療法を行います。

獲得性神経原性吃音は、神経学的な疾患や脳損傷が原因であり、脳梗塞などで発症する失語症に合併する場合が多いため、失語症の言語療法を行う病院のリハビリテーション科が受診先となります。

獲得性神経原性吃音との合併に多い失語症や構音障害のリハビリテーションは、言語聴覚士が担当します。

獲得性心因性吃音

獲得性心因性吃音は稀な種類ではありますが、耳鼻咽喉科が初回の窓口であっても、原因がストレスやトラウマであることから、心理士による心理療法が行われる場合が多いといえます。

「発達性吃音」「獲得性神経原性吃音」「獲得性心因性吃音」ともに、構音障害を除いて、吃音よりも合併症の治療が優先される傾向にあります。

吃音や構音障害が「発話」に関わる症状である一方、失語症は脳梗塞などに起因し「聞く」「読む」「書く」にも及ぶことが多く、「発達障害」は社会性や言語発達自体に問題が生じる場合があり、吃音よりも影響範囲が広いことが大きな理由の一つです。

なお、「心理士」や「カウンセラー」の名称が付く職業は多岐に渡りますが、一般的に医療機関で関わる心理士については、国家資格である「公認心理士」、公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会の認定した「臨床心理士」のどちらかであることが多いです。

まとめ

吃音と言語聴覚士の関わりについてご紹介しましたが、いかがでしょうか。吃音は個人差が大きく、症状も多岐に渡ります。

それゆえに、吃音は言語聴覚士だけでなく、医師や心理士など様々な職種とも関わりを持つことがあります。本コラムがお役に少しでも立ちましたら幸いです。

参考文献

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