吃音症(きつおんしょう)は、ことばを滑らかに発話することが難しい状態を指し、子どもでは約20人に1人、大人では約100人に1人の割合でいると言われています。
本コラムは「吃音症」について取り扱いますが、この「吃音症」は、「吃音」とも呼ばれることもあります。
英語でも、二通りの呼び方があり、「Stuttering 」または「Stammering」と呼ばれます。「吃音症」「吃音」「Stuttering」「Stammering」は全て同じものを指します。
このコラムでは、「吃音症の原因(大人)」について、「吃音症の概要」「遺伝性の吃音症」「後天性の吃音症」「吃音症の原因ではないもの」「悪化要因」の流れでご紹介していきます。
(言語聴覚士 鶴見あやか)
吃音症の概要
症状
吃音症の症状には「中核症状」と「その他の症状」があります。「中核症状」とは、吃音症の土台の症状のことを指し、「その他の症状」は「中核症状」に付随したものと言えます。どの症状が多く出るかは、吃音症の種類や年齢によっても傾向が異なり、個人差の大きいものとなります。
中核症状 | 特徴 |
---|---|
連発 | 音や語の一部の繰り返し 例:「り、り、りんご」 |
伸発 | 引き伸ばし 例:「り〜んご」 |
難発 | 音や語が詰まって出ない 例:「……りんご」 |
代表的なその他の症状 | 特徴 |
---|---|
随伴症状 | 顔をしかめたり、体の一部を動かしたりする。 |
工夫 | 婉曲表現やジェスチャーへの代用、「えーと」など前置きを入れる。 |
回避 | 発話場面を避ける。 |
情緒性反応 | 赤面や恥ずかしがる、不安などが表情・態度に現れる。 |
種類
吃音症の種類は、「発達性吃音」「獲得性心因性吃音」「獲得性神経原性吃音」の3つです。
それぞれ「原因」や「発症」の割合、また、後の項目【3】遺伝性の吃音症、【4】後天性の吃音症でお話しする「症状」についても、違いがあります。
吃音の種類 | 発症原因 | <子ども>割合 | <大人>割合 |
---|---|---|---|
発達性吃音 | 明らかになっている部分はあるが、根本原因は不明 | ほとんど | 約70% |
獲得性神経原性吃音 | 神経学的な疾患や脳損傷 | 稀である | 約30% |
獲得性心因性吃音 | ストレスやトラウマ | 稀である | 約30% |
子ども・大人ともに「発達性吃音」が最も多いと言われています。2~4歳の間に人口の一定数が吃音症を発症するのですが、そのほとんどが「発達性吃音」となります。
その「発達性吃音」は就学に向けて約74%が治癒しますが、約26%は残存します。大人の吃音症についても、この残存した約26%によるところが大きいと言われています。
「発達性吃音」の根本原因は不明ですが、遺伝性や神経発達の問題が指摘されており、原因が明らかになっている部分はあります。詳しくは、「吃音3種類」のコラムをご参照ください。
発達性吃音の他に、「獲得性神経原性吃音」と「獲得性心因性吃音」があります。
「獲得性神経原性吃音」は神経学的な疾患や脳損傷、「獲得性心因性吃音」はストレスやトラウマが発症原因と言われています。これらは子どもでの発症は稀であり、大人でも「獲得性神経原性吃音」「獲得性心因性吃音」を合わせても3割程度に留まります。
なお、子どもの頃に吃音症があったものの治まり、大人になって再発した場合は、「獲得性」ではなく、「発達性」の吃音症に該当すると言われています。
前述で、吃音症は種類や年齢によって症状の現れ方が異なるとお話ししましたが、以下のような傾向があると言われています。
吃音症の種類 | 症状の傾向 |
---|---|
発達性吃音 | 幼児期・児童期は連発が多い。青年期・成人期は中核症状では難発、その他の症状では工夫や回避が多い。 |
獲得性神経原性吃音 | 中核症状や語の繰り返しが多く、随伴症状はあまりない。 |
獲得性心因性吃音 | 随伴症状が目立つ。 |
発達性吃音の青年期や成人期の方では、「中核症状」が工夫や回避により症状として表面に表れなくなり、吃音症状のほとんどが「その他の症状」であることも少なくありません。また、後の項目でお話しする吃音症に合併しやすい疾患についても、年齢で傾向が異なり、その影響も個人差があります。
性差
吃音症には有病率に性差があると言われています。幼児期の差は少ないですが、児童期から青年期にかけて性差は開いていきます。子ども全体の男女比が2:1である一方、大人では男女比が4:1となっています。症状と同様、性差も成長とともに変化していきます。
発達性吃音の発症が約5%に上る幼児期ではあまり性差がないことから、男子の方が女子よりも発症しやすいのではなく、吃音症を残存及び継続しやすいということが言えます。
合併しやすい疾患・障害
吃音症には合併しやすい疾患や障害があります。
- 発達障害
- 自閉症(ASD):社会性や共感力などの欠如から、コミュニケーションに難しさが生じる。
- ADHD(注意欠如・多動症):注意欠陥・多動性・衝動性の全て、もしくは、いずれかを持つ。
- 学習障害:聞く・話す・読む・書く・計算する・推論する中で、特定のものに困難を持つ。
- 社会不安症:人と関わる際に強い不安や緊張が生じ、震えや冷や汗、赤面、動悸や吐き気などの症状が出る。
- 構音障害:発音の不明瞭さから、伝わりにくさが生じる。
- 失語症
- ブローカ失語:「聞く」「読む」といった言葉の理解は比較的良好だが、「話す」「書く」といった言葉の表出において、明らかな質と量の低下が生じる。
- ウェルニッケ失語:「聞く」「読む」といった言葉の理解に問題が生じ、「話す」「書く」の量は比較的保たれるが、意味をなさない返答や無意味語の表出が生じる。
「発達障害」については、吃音症者の5人に1人程度が持っていると言われています。また、7歳以降で現れ始めると言われている「社会不安症」の合併は、年齢とともに増加する傾向にあります。※参照
小学生に比べて中高生は社会不安症の合併が多く、大人では約2人に1人が併発していると言われています。社会不安症では発話場面自体の回避を行うことがあるので、吃音症の症状緩和には、「社会不安症」に対する心理療法などのアプローチが必要であると考えられます。
「構音障害」は、発音の不明瞭さから話す際に伝わりにくさが生じるものです。発音は、「構音器官」と呼ばれる舌などの口腔器官や声帯を動かして行われます。構音器官のコントールが上手くいかなかったり、筋力不足だったりすることで、発音が不明瞭になるのが構音障害です。言葉の理解や発話内容の問題ではありません。
「失語症」は、脳梗塞や頭部外傷により大脳の言語を司る部分が損傷されて、「聞く」「話す」「読む」「書く」といった分野に問題が生じます。失語症にはいくつか種類がありますが、代表例がブローカ失語とウェルニッケ失語です。それぞれ大脳の障害部位となる、ブローカ野とウェルニッケ野から名前が付けられており、表のとおり症状も異なります。
なお、「失語症」との合併は、「獲得性神経原性吃音」のみでの傾向となります。「発達性吃音」や「獲得性心因性吃音」に「失語症」が合併することはありません。
治療法
吃音症の治療法には、様々なものがあります。また、治療法で全年齢に該当するものは少なく、それぞれで適要年齢が異なる場合がほとんどです。
代表的な手法 | 幼児期 | 児童期 | 青年期 |
---|---|---|---|
リッカムプログラム | ◯ | ||
直接法(発話訓練) | ◯ | ◯ | ◯ |
環境調整法 | ◯ | ◯ | |
認知行動療法 | △ | ◯ | |
周囲への働きかけ・社会参加 | ◯ |
治療法についての、詳細はLINE登録特典レポート「吃音の治療法」のコラムをご参照ください。
吃音症の診断基準
吃音症の診断基準についてですが、日本の医療機関では、現在「ICD-10」と「DSM-5」が用いられています。「ICD-10」はWHO(世界保健機関)、「DSM-5」はアメリカ精神医学会が発行しています。「ICD-10」の後続としてWHOが2022年に「ICD-11」を発行していますが、2022年時点において、日本はまだ未導入です。
それぞれで用いられる名称が異なり、「ICD-10」では「吃音症」、「ICD-11」では「発達性発話流暢症」、「DSM-5」では「小児期発症の流暢症」となっています。「吃音症」は「ICD-10」由来の呼び名と言えます。
吃音症は、WHOの「ICD-10」では行動及び情緒の障害として分類されている一方、アメリカ精神医学会の「DSM-5」では神経発達に関連したコミュニケーション障害として分類されています。WHOの最新の診断基準「ICD-11」では、神経発達に分類されています。
診断基準 | 発効・出版元 | 分類 | 名称 | |
---|---|---|---|---|
「ICD-10」 初版:1994年 改訂:2016年 |
WHO (世界保健機関) |
精神及び行動の障害 | 小児<児童>期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害 | 吃音症 |
「ICD-11」 初版:2022年 |
WHO (世界保健機関) |
神経発達 | 発達性発話流暢症 | |
「DSM-5」 初版:2013年 |
アメリカ精神医学会 | 神経発達 | コミュニケーション障害 | 小児期発症の流暢症 |
詳しくは「吃音とは」のコラムをご参照ください。
遺伝性と後天性の吃音症の違い
吃音症の原因は、「遺伝性」と「後天性」に大きく分けることができます。
遺伝性が関わる発達性吃音は「遺伝性」、後発的な神経疾患が関わる獲得性神経原性吃音や、ストレスやトラウマが原因とされる獲得性心因性吃音は「後天性」として分類できます。
まず、遺伝性の吃音症についてご説明します。
遺伝性の吃音症
「遺伝性の吃音症」は、全吃音の約7割にあたると言われています。つまり、吃音症の原因の約7割は遺伝による可能性があるということです。また、この「遺伝性」は、「発達性吃音」の原因の明らかになっている部分でもあります。
現在、親または親戚に吃音症者のいる人は、そうでない人に比べ吃音症の発症率が上昇することが分かっています。ここで注意が必要なのは、あくまで発症率の上昇であり、100%遺伝するわけではないということです。
また、親から子への遺伝だけでなく、親の世代では発現せず、祖父母などその他の世代からの隔世遺伝である場合もあります。
双子研究
有名な吃音症の研究で、双子を対象にして行われたものがあります(菊池良和『エビデンスに基づいた吃音支援』学苑社 p.14参照)。数千組の双子の解析により、吃音症における体質要因と環境要因の割合が証明されました。研究結果として、吃音症の原因は約70%が体質(遺伝子など内的要因)、約30%が体質以外(外的要因)であることが分かっています。
特定遺伝子の研究
2010年以降の吃音症研究では、特定遺伝子の解析が進められており、現在、特定遺伝子が4つ見つかっていると言われています。特定遺伝子の研究は、アメリカの専門機関「National Institute on Deafness and Other Communication Disorders(NIDCD)」を中心に続けられてきました。
見つかっている特定遺伝子は「GNPTAB」、「GNPTG」、「NAGPA」、「AP4E1」の4つですが、これらが突然変異したものが、吃音症の遺伝に関わっていると考えられています。
特定遺伝子の研究では、吃音症者家族の解析が行われています。「GNPTAB」「GNPTG」「NAGPA」を合わせると、吃音症の原因の最大15%を占めることが分かりました。「AP4E1」は吃音症の原因の最大5%を占めると言われています。 ※参照
なお、アメリカだけでなく、オーストラリアやニュージーランドでも特定遺伝子の研究は行われており、更なる特定遺伝子の発見が期待されています。
後天性の吃音症
前項目では「遺伝性」の側面を持つ「発達性吃音」についてお話ししました。次は「後天性」の「獲得性神経原性吃音」「獲得性心因性吃音」について詳しくご紹介します。
吃音の種類 | 発症原因 | <子ども>割合 | <大人>割合 |
---|---|---|---|
発達性吃音 | 明らかになっている部分はあるが、根本原因は不明 | ほとんど | 約70% |
獲得性神経原性吃音 | 神経学的な疾患や脳損傷 | 稀である | 約30% |
獲得性心因性吃音 | ストレスやトラウマ | 稀である | 約30% |
子どもに比べて大人は、後天的に生じる「獲得性神経原性吃音」「獲得性心因性吃音」の割合が増えると言われています。
「獲得性神経原性吃音」「獲得性心因性吃音」は、原因も異なりますが、症状にも大きな違いがあります。
トラウマやストレスで発症する「獲得性心因性吃音」は、「獲得性神経原性吃音」と比べても稀なタイプと言われています。一方で、頭部外傷後に事故のトラウマが生じたことで、「獲得性神経原性吃音」ではなく、「獲得性心因性吃音」になる場合もあると言われています。
吃音症の原因ではないもの
吃音症の原因を理解するにあたり、原因ではないものを知っておきましょう。
- 子育て習慣
- 幼少期の親との関わり方
- 誰かの真似
- 知能レベル
- 生来の性格
- 言語の種類
子育て習慣や幼少期の親子関係は、吃音症の原因ではありません。また、生来の性格も、吃音症とは関係が無いと言われています。以前は気にしやすい性格に育てられたから吃音症になったという人もいましたが、それは現在では否定されています。
言語の種類も原因ではありません。どの国においても吃音症の発症率はほぼ同じであると言われています。また、バイリンガル教育による吃音症の発症も否定されています。
前述の【2】吃音症の診断基準でお話したように、吃音症は「吃音症」「発達性発話流暢症」「小児期発症の流暢症」などと診断されています。吃音症は、その名称からも分かるように、神経発達の関与や「発達性吃音」に代表される小児期発症の側面が強く、用いる言語の種類や数は問題ではありません。
悪化要因
「吃音症の概要」の②種類のところで、原因についてお話ししましたが、それらは「発症原因」となります。「発症原因」と「悪化要因」は分けて考えます。吃音症の「悪化原因」となり得るものは、以下となります。
悪化要因となり得るもの |
---|
ストレス、不安、緊張、焦り、疲労、発話時間の制限、発表や議論などの内容の競い合い、難易度の高い言葉の頻用 |
ストレスに関しては、獲得性心因性吃音の発症原因にも、吃音症全体の悪化原因にも該当します。しかし、ストレスが吃音症を発症させることは稀であると言われており、悪化要因の側面が大きいものとなります。
吃音症には前述の通り「発症原因」と「悪化要因」がありますが、「発症原因」を減らすことは、遺伝性や原因疾患の観点から現在ではまだ難しいと考えられます。
一方、「悪化要因」は、ストレスや不安などの心理的側面が大きく、また、発話内容が関係することから、周囲への働きかけにより、その要因を減らすことができると考えられます。
周囲への働きかけに関連する法律に「障害者差別解消法」があります。役所や事業所などにおける障害者への差別を禁止し、障害者に対する合理的配慮を推進することを目的としています。
適用範囲は都道府県や市区町村などの役所、会社や店舗などの事業所で働いている障害者、または、大学機関などで学んでいる障害者となり、吃音症者も該当します。
- https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html参照
- https://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_shogai_kaiketsu/index.html参照
まとめ
吃音症は、「遺伝性」と「後天性」の発症の違いや、それぞれの原因・症状などから見ても、個人差の大きいものです。
また、重症度と悩みの深さは比例せず、大人の方が子どもよりも、悩みが少ない・多いといったものでもありません。本コラムが、吃音症を理解する上で少しでもお役に立てたら幸いです。
参考文献
- 菊池良和『エビデンスに基づいた吃音支援』学苑社
- National Institute on Deafness and other communication disorders
https://www.nidcd.nih.gov/ - Australia Stuttering Research Centre
https://www.uts.edu.au/asrc - Genetics of Stuttering Study
https://www.geneticsofstutteringstudy.org.au/stuttering-experiences-paper/ - National Library of Medicine; PubMed Central
“Neurogenic Stuttering: Etiology, Symptomatology, and Treatment”
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8802677/ - 内閣府 「障害を理由とする差別の解消の推進」
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html - 独立行政法人 日本学生支援機構 障害学生に関する紛争の防止・解決等事例集
https://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_shogai_kaiketsu/index.html