学校の授業で、音読があったことを覚えていらっしゃるでしょうか?
「練習したのに緊張してうまく読めなかった」「緊張したけど、練習通りスラスラ読めた」など、様々な経験を重ねたことかと思います。
そのような中、「音読の場面でことばを繰り返したり、ことばに詰まったりしてなかなか先に読み進めることができず、気まずい空気になってしまった…」という学友がいたとします。その学友に声を掛けるのなら、なんと声を掛けますか。
「音読が苦手なんだよね、わかるよ。もっと練習するといいよ。」
「そのままでいいと思うよ。」
あなたなら、どちらを選択しますか?
当コラムでは、「吃音と音読」というテーマで、なぜ吃音があると音読で困りやすいのかを解説するとともに、吃音のある方が音読と付き合うための4つのコツをご紹介いたします。
吃音があると音読で困りやすい理由
吃音は、話そうとしたときに、はじめの音を繰り返したり、ことばが詰まって出てこなかったりする発話障害の一つです。
独り言を言ったり、歌を歌ったりする際には症状が現れないという特徴がある一方で、他者と会話をするときや、人前で発表したりする際に症状が現れることで、困りごとが生じやすいです。
音読はその代表例ともいえるでしょう。では、なぜ吃音があることで、音読の場面で困りごとが生じやすいのでしょうか。
発話のコントロールが難しい
「吃る」とはどういう状態であるのかを想像すると、「緊張しているときに現れる」「言いたいことがまとまらないとき言い淀んでしまう」など、緊張や気持ちが関係していると考える方が多いです。
その際、緊張をほぐすために深呼吸をしたり、“目の前にいる人を別のものに置き換えて話す”“人という字を書いて飲み込む”などの工夫をすることで、吃らずに話すことができるように対策をされた方もいるでしょう。
しかし、吃音は緊張によって生じているのではなく、発話の障害に起因する症状であるため、自分自身の力でコントロールすることができません。
吃ることを意識的に止めるには、話すことをやめるしかありません。音読の練習を重ねたとしても、「吃らないように音読をする」ということは困難であるため、音読の場面で困りごとが生じやすいといえます。
言い換えができない
吃音のある方は、幼児期や児童期に吃音をからかわれたり、話し方を指摘されたりすることで、吃音を隠す工夫を始めます。
吃音が出ないように体の一部を動かしてことばを出そうとしたり(随伴症状)、吃ると思った際は吃らないことばに言い換えたり、「あのー」「えっと」のように助走をつけて話したりといった工夫です。
そうすることで、吃ることを相手に気付かれないようにしています。
音読をする際も、吃ることを周囲の人々に気付かれないように工夫を凝らします。しかし、音読は自由に自分のことばで会話を繰り広げられる場とはちがい、“決められた文章を、正しいリズムやアクセントで、流暢に読む”ことが目的であるため、言いやすいことばに言い換えることができません。
発話のコントロールが難しいという吃音の特徴も相まって、吃ることを自分なりの工夫で回避することが難しいのです。
音読の場合、言いやすいことばに置き換えて読んだ際に、「正しく読みましょう」と指摘をされてしまうのも、困りごとを深くする要因の一つかもしれません。
過去に音読で吃ったときの反応が影響
吃音の症状の一つである連発(音を繰り返す症状)は、本来吃音のある方にとって、力みのない自然な話し方です。
しかし、吃音を知らないために、吃音に対する真似やからかい、指摘などを受けることにより、「吃音を出してはいけない」「吃音の話し方はよくない」といった誤った認識が生まれます。
それがきっかけで、自然とは言い難い難発(ことばが詰まって出てこない症状)が現れ始めるのです。
このように、過去に受けた真似やからかい、指摘などによって、吃音を出さないようにする話し方に意識が向けられ、音読の困難さが増してしまうのです。
音読と付き合う4つのコツ
小学校に入学するとともに、教科学習がスタートします。文字の読み書きや計算などの学習が行われる中で、文を声に出して読む音読も始まります。
クラス全員の前で指名されて音読したり、一文読み・段落読みなど様々な方法で音読を行ったりします。吃音のある方もまた、場面に応じて音読を行う必要があります。吃音のある方が、音読と付き合うための4つのコツをご紹介いたします。
吃音を周知
音読に対する苦手意識が形成される原因の一つに、吃音の話し方への真似やからかい、指摘などがあります。音読と付き合うためには、それらの行為を発生させず、苦手意識を生まないことが大切です。
そのため、吃音がどのような障害であるのか、どう接してほしいのかを周囲の人々に周知することで、話し方に対する指摘を回避することができるでしょう。
音読の場面においては、吃音の話し方に対する指摘が生じる前に、吃音について周知することが大切です。学校生活が始まる前に先生に伝えたり、学校生活がスタートするタイミングでクラスメートに伝えたりするなど、音読に対する苦手意識を作らないようにすることがポイントです。
思春期に近づくにつれて、「吃音を知られたくない」「目立ちたくない」という思いが強くなっていくため、なるべく早い段階で吃音を周知し、吃音について知っている人を増やしていくことが大切です。
◆吃音のあるお子さんの保護者の方へ
小学校に入学する頃の年齢のお子さんは、まだ吃音について自分のことばで具体的に伝える力がありません。そのため、保護者の方の吃音への理解やサポートが必要となります。
保護者の方が、お子さんが幼い頃からご家族で吃音を話題にし、困っていることや心配なことをオープンにして話すことができる環境を作りましょう。
悩みに対して、具体的なアドバイスをする必要はありません。「あなたの話し方をもっと知りたいよ」「そのままでいいんだよ」という気持ちを伝えることが大切です。
お子さんの吃音を理解することに加え、お子さんの吃音について発信するスキルを身に付けることもまた大切です。書籍やリーフレットを手掛かりにすると、吃音についての情報が伝わりやすいです。
(きつおん親子カフェ 幼児用/学齢期・思春期用 吃音リーフレット
https://kitsuonoyakokafe.wordpress.com/childrenleaflet/ )
(きつおん親子カフェ 就労・就活用 サポートブック/リーフレット
https://kitsuonoyakokafe.wordpress.com/jophuntingleaf/ )
配慮について事前に相談
音読の場面において必要な配慮について、事前に先生と相談しましょう。必要な配慮は、先生に任せるのではなく、話し合って決定することが望ましいです。
なぜなら、「音読をしたくないのだろう」などと解釈されることによって、音読の順番を抜かされたり、音読の宿題を免除にしたりと、“本人のため”と思って、本人が希望していない配慮を行うことがあり得るからです。
音読の場面で必要な配慮は、吃音のある方と相談したうえで決定しましょう。
◆音読の場面における配慮の例
- 二人読みを取り入れる
- 先生と声を揃えて音読する
- 全体で音読するのではなく、グループ制にする
- 一人ずつ読むのではなく、全員で声を揃えて読む方法を取り入れる
- スラスラ読むことにフォーカスしない
- 吃音がつらいときのサインを決定する(2-3参照)
その他にも、「吃ってもいい環境作り(からかいや指摘が起こらない環境)」や「スラスラではなく、最後まで読めたことを評価する指導環境」という、話す環境を整えるという支援もあります。
音読に対する支援の方法は複数ありますが、環境設定は音読の場面における最大の配慮といえます。
吃音がつらいときは「秘密のサイン」を活用
吃音について周知したり、配慮について相談したりしていても、吃音がひどくてどうしてもことばが出てこない日もあります。
吃音には波があり、落ち着いているときもあれば、そうではないときもあるのです。音読をしたくても、できる日と、できない日があるということです。
その際には、先生と吃音のある方だけがわかる“秘密のサイン”を事前に決めておくことで、「今日は音読ができません」というメッセージを、周りの児童生徒に気付かれることなく先生に送ることができます。
この方法は、音読に限らずほかの教科学習の際も活用することができます。
◆秘密のサインの活用例
サインについても、あらかじめ話し合って決定することが大切です。どのようなサインにするのか、どのタイミングで見てほしいのかを話し合いましょう。
- 始業のタイミングで、教科書を開いたまま伏せて置いておく→「音読ができません」のサイン
- 発言のタイミングで、手で4を示して挙手する→「答えはわかっているけど、当てないでほしい」のサイン
このように、先生と吃音のある方だけがわかるサインを活用し、「今日は音読がつらい…」「挙手はするが指名しないでほしい」といったメッセージを伝え、共通理解をはかりましょう。
流暢さよりも内容を伝えること
吃音を周知し、「吃音を出してもいい環境」を整えたら、音読の際にスラスラと話すことではなく、内容をしっかりと伝えることに重きを置くようにしましょう。
流暢さを重視することで、話すことに意識が向き、吃音が助長されてしまいます。流暢さではなく、音読する題材の内容を聞き手に届けることを意識しましょう。
また、聞き手も話し方ではなく話の内容に着目することが大切です。吃音がある方も、そうでない方も、話し方ではなく話の内容を伝えることや、理解することが大切なのです。
音読は様々な授業で行われており、音読の時間が訪れるたびに感情が左右されてしまうと、心身ともに疲れてしまいます。
音読の場面との“疲れない付き合い方”を考え実践することが大切です。様々な方法を駆使して音読と付き合っていきましょう。
吃音について知っておいてほしいこと
当コラムでは、吃音のある方が音読と付き合うための4つのコツをご紹介いたしました。
加えて、吃音ではない方に対して、伝えておきたい情報についてまとめてみましょう。吃音について伝えたり、音読を行う際の配慮を決定したりする際に、参考していただけると幸いです。
「吃音だから音読が苦手」ではない
当コラムの中(1-3)でも解説いたしましたが、吃音のある方は、「吃音だから音読が苦手」なのではありません。
正しくは、吃音に対して指摘を受けることで、苦手意識が形成されていくために、音読の場面で困ることが増えていきます。
音読の際に、吃ったことで笑いが生じたり、話し方を真似されたりすることで、「吃らないようにしないと…」という意識が働き、それが音読の場面での困りごとを増やしていきます。
周囲の人々が、吃音を正しく理解してもらうことの重要さが問われます。
音読で吃る(音を繰り返す)
↓
指摘やからかいが生じる
↓
音読の際に吃らないように工夫を凝らす(音を繰り返さないようにする)
↓
読みたくても声が出なくなり、つかえたり、不自然な間が生じたりする
↓
音読への苦手意識がついていく
はじめに申し上げたように、音を繰り返す連発は、吃音のある方にとっては自然な話し方です。音を繰り返しながら音読をするということは、本来の自然な話し方で読んでいるのと同じといえます。
しかし、周りの反応によって自然な話し方から遠ざかり、自然とは言い難い話し方が形成されていきます。
音読の場面においても、自由な会話の場面においても、吃音の話し方は、「その方にとって自然な話し方」として理解してもらうことが大切なのです。
吃音は自分の意志とは関係なく現れる
吃音には、連発・伸発・難発の3つの症状があり、どの症状も自分の力でコントロールすることができません。
言いたいことやイメージが頭の中にしっかりとある状態でも、意図せず症状が現れるのが特徴です。
また、音読の場面のように伝える内容が文字で表してあったり、何度も練習を繰り返したフレーズであったりしても、吃音は自分の意志とは関係なく現れるということも知ってもらいましょう。
吃音との付き合いが長くなると、自分自身が伝えたいフレーズのどの部分で吃るのかがわかるようになります。苦手な音が固定化されている方もいらっしゃいます。
ですが、吃ることばを予測することはできても、“吃らないように話すこと”はできません。
そのため、吃らないように意識するのではなく、「吃ってもいい」「吃っても周りの人々は話の内容を聞いてくれる」といった環境を作ることで、自然な話し方ができるということもまた、伝えておきたい情報の一つです。
練習不足や学力が不足しているわけではない
音読をした際に吃ることで、励ましの意味を込めて「練習すればスラスラ読めるよ」「漢字に読み仮名をふってみたら?」などと、練習や学力にフォーカスしたアドバイスをする方もいらっしゃいます。
しかし、吃音という発話の障害によって音を繰り返したり、ことばに詰まったりしているだけで、練習や学力が不足しているわけではないという事実を知ってもらいましょう。
「みんなの前で吃らないようにしたい」という思いから、音読の練習を繰り返したり、「漢字が読めない」という誤解を生まないように自主的に学習をしたりしている方もいらっしゃるかもしれません。
でも、練習や学習を重ねても、いざ音読をするとタイミングよくことばが出てこない、言えるときと言えないときがあるなど波が生じるのが吃音です。そのことについても、理解してもらうことが大切なのです。
まとめ
当コラムでは、吃音があるとなぜ音読で困るのか、音読とどのように付き合えばいいのか、吃音について知ってほしいことについて解説いたしました。
最後に、「吃音と音読」という大きなテーマについて、おさえておきたいポイントをまとめてみましょう。
吃音を理解することが大切(非吃音者)
吃音のある方と関わる人は、吃音がどのような障害であるのか、どんな場面で困りごとが生じるのか、どのように対応すればいいのかを理解することが大切です。
「吃音があるから音読が苦手」なのではなく、「周りの反応や対応によって、音読に対する苦手意識がついていく」ということを理解しましょう。
- 吃音には、連発・伸発・難発の3つのタイプがある
- 吃音のある方にとっての自然な話し方は、連発の症状(「ああああのね」のように、最初の音を繰り返して話す)を出して話すこと
- 真似やからかい、不必要な指摘により自然な話し方が失われていき、のどに蓋がされたような力の入った話し方が形成されていく
- 配慮は独断ではなく、話し合って決めることが大切
- 会話のスピードは“自然なゆっくりさ”を意識する
- 話を最後まで聞くことを心がけ、話し方への指摘は行わない
吃音をよく知っている人、また、「吃音という話し方」として受け入れてくれる人が一人でも多くいることで、話し方を意識せずに伝えることができます。
周りの人々の対応一つで、吃音は良くも悪くも変化していく発話の障害であることを理解しましょう。
吃音について伝えるスキルを身につける(吃音者)
音読を行う場面は、小学校から高校まであり、様々な教科学習で行われます。社会人になると、教科書の音読とは異なるものの、プレゼンテーションの場面で資料を読み上げたり、マニュアルを参考に接客対応をしたりと、仕事の中に音読の要素が含まれていることもあるでしょう。
吃音についての情報や、してほしい対応などについて、周囲に伝えることで、音読の場面と上手く付き合っていきましょう。
幼少期から、吃音をオープンにするということは、それだけ吃音について伝える機会が増えるということです。児童期には、保護者から先生に向けて、先生からクラスメートに向けて説明してもらい、年齢を重ねるごとに自分のことばで吃音について伝え、どのように対応してほしいのかを発信するスキルを身に付けることが大切です。
保護者の方は、吃音について周囲に伝えるとともに、様々な機会を利用して学校での吃音の現れ方やお子さんの様子について折に触れ聴き取り、お子さんの一番の理解者となれるようにすることが大切です。
音読の場面では、スラスラと滑らかに読むことが重要視される傾向にあります。しかし、吃音者と関わるうえでは、話し方よりも話の内容に注目することが重要です。
スラスラと音読を行うよりも、話の内容を理解し、その人らしい自然な読み方を認められる環境はもちろん、「吃ることが自然な話し方」という吃音についての情報がもっと広がっていくことを期待します。
また、音読に限らず、吃音者が安心して話せる環境を保証したり、吃音をどうしても出したくない場面に遭遇した際にも、その気持ちを気軽に他者と共有して解決したりすることのできる社会になっていくことを切に願います。
参考文献
- 菊池良和 『エビデンスに基づいた吃音支援入門』 学苑社
- 菊池良和『吃音のリスクマネジメント』学苑社
- 菊池良和 『吃音のことがよくわかる本』 講談社
- 井川典克 『みんなでつなぐ 読み書き支援プログラム』 クリエイツかもがわ
- きつおん親子カフェ>幼児期用/学齢期・思春期用 吃音リーフレット
https://kitsuonoyakokafe.wordpress.com/childrenleaflet/ (2024年1月5日閲覧) - きつおん親子カフェ>就労・就活用 サポートブック/リーフレット
https://kitsuonoyakokafe.wordpress.com/jophuntingleaf/ (2024年1月5日閲覧)